◇公表し影響再検討を--長崎県保険医協会副会長・本田孝也さん(55)
長崎県保険医協会副会長の本田孝也医師(55)の調査で、黒い雨を浴びた人に急性症状が高率に見られたとする報告書「オークリッジレポート」の存在が明るみになった。放射線影響研究所(南区)が、黒い雨に遭ったと回答した約1万3000人のデータを保有していることも判明した。黒い雨を巡っては、広島市などが援護対象区域を現行の約6倍に拡大するよう要望し、国の有識者検討会が議論している。資料の意義について、本田医師に聞いた。【樋口岳大】
--放影研が保有している1万3000人のデータの価値は。
◆黒い雨による低線量被ばく、内部被ばくの影響を知る上で、極めて有用だ。長崎県保険医協会はこのうち、長崎の約800人がどこで黒い雨に遭遇したかを記した放影研の資料を入手し、分布図を作成した。これは長崎の黒い雨の雨域を塗り替えるものになった。広島の分布図も、放影研がデータを公開すれば作成できる。
基本標本質問票(MSQ)には、下痢や発熱など急性症状のデータもある。より詳細な遮蔽調査では、いつ、どこで、どんな種類の雨に、どのくらいの間遭遇したかを聞き取っている。現在、広島の黒い雨の影響について国が設置した有識者検討会で議論されている。放影研は一刻も早くデータを公表し、この会議を始めとする中立的な専門家が入った場できちんと検討すべきだ。
--なぜこれまで公表されなかったのか。
◆私も強い疑問を感じる。放影研は「03年頃からコンピューターに入力を始め、最近終わった」と説明するが、なぜ、それまで作業をしなかったのか。入力に7年もかかるのか。少なくとも遭遇場所の分布図の作成などは、非常に短時間でできただろう。
--オークリッジレポートについては。
◆黒い雨を浴びた群の急性症状として、発熱13・56%、下痢16・53%、血便5・51%などと報告されている。放影研は比較対照群のデータの集計方法などに問題があると説明した。しかし、比較対照群を考慮しなくても、これらの急性症状の発生率は社会的常識、医学的常識から見て十分高いと言える。
--オークリッジレポートは、放射線の人体影響の研究に活用されなかったのか。
◆レポートを作った山田氏は、原爆放射線の被ばく線量の推定方式「DS86」を作成した旧厚生省原爆放射線量研究チームの一員となった。DS86は、国が「放射性降下物などの残留放射線による人体影響はない」と主張する根拠になっている。なぜDS86の作成で、オークリッジレポートや放影研が持つ黒い雨のデータが生かされなかったのか。国は黒い雨の人体影響について再検討すべきだ。
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◇「高率で急性症状」 オークリッジレポート
本田医師は、住民が黒い雨の健康被害を訴えているのに、被爆地域外とされる長崎市・間の瀬地区(爆心地の北東約7.5キロ)の資料を集めていた今年9月、収集した文献の中から「オークリッジレポート」を見つけた。
米原爆傷害調査委員会(ABCC)の職員だった山田広明氏(86年死去)と、米オークリッジ国立研究所研究員のT.D.ジョーンズ氏が72年に作成したレポートで、これまで存在は知られていなかった。広島の爆心地から1.6キロ以遠で被爆し黒い雨を浴びた236人について、放射線の影響を分析。黒い雨を浴びた群では、発熱、下痢、脱毛などの急性症状が高率で認められたと結論付けている。
一方、ABCCは被爆者ら約12万人が対象の「寿命調査」のため、1950年代に基本標本質問票(MSQ)を作成。対象者に、放射性物質を含む雨に遭ったか▽遭遇場所▽下痢や脱毛など被ばくによる急性症状--を質問していた。
本田医師の照会に対し、ABCCの後継機関・放射線影響研究所は、MSQで「黒い雨に遭った」と回答した人が約1万3000人いると回答。長崎県保険医協会などは、放影研を所管する厚生労働相に、データの公開を求めている。