2017年5月10日水曜日

小西訴訟・京都地裁判決要旨






昭和63()2248号損害賠償請求事件
平成2(行ウ)17号原子爆弾被爆者認定却下処分取消請求事件

判 決


一 主文

  1. 被告厚生大臣が原告に対し昭和601128日付けでした原子爆弾被爆者医療認定申請却下処分を取り消す。
  2. 被告国は原告に対し472800円及びこれに対する昭和631013日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二  事案の概要
原告の被告厚生大臣に対する訴えは、同被告が昭和601128日付けで原告に対してした原爆被爆者医療認定申請却下処分(本件処分)には原爆医療法八条一項の解釈適用の誤りの違法があるとして本件処分の取消しを求めたものであり、原告の被告国に対する訴えは、国家公務員である被告厚生大臣が故意又は過失により違法に本件処分を行い損害を与えたとして、被告国に対し医療特別手当相当額等の損害賠償を求めたものである。

三  主な争点
1 本件処分の違法性
(原告の肝機能障害及び白血球減少症は本件処分の申請時において原爆医療法八条一項にいう「原子爆弾の傷害作用に起因する」ものであったか。
(1)「起因性」の立証責任の所在等
(2)原告の被爆と肝機能障害及び白血球減少症の発症の機序との関連
(原告は本件処分の申請時において原爆医療法七条一項にいう「現に医療を要する状態」にあったか。
2 被告厚生大臣は故意又は過失により本件処分を行ったものか。
3 原告の損害額如何。

四  当裁判所の判断

1 原爆医療法八条一項の「起因性」の立証責任の所在等について

(広島及び長崎における原爆の投下は空前のものであり、絶後のものでなければならない。原爆の投下により瞬時に多数の生命が奪われ、多数者に死亡にも比すべき障害をもたらし、その苦しみが今日なお継続している。原爆投下後10年余りが経過した昭和32年に原爆医療法が制定された。原爆医療法は、「原子爆弾の被爆による健康上の傷害がかつて例を見ない特異かつ深刻なものであることと並んで、かかる傷害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり、しかも、被爆者が今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態におかれている」という「特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかる一面を有するものであり、その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にある」ものであった。

(国は、昭和32425日に内閣において原爆医療法施行令を施行し、同年430日に厚生省において原爆医療法施行規則を施行し、厚生省公衆衛生局長において、昭和33813日に、「原子爆弾後障害治療指針について」との通知(「治療指針」)及び「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」との通知(「実施要領」)を都道府県各知事、広島市及び長崎市長に宛て発した。

(厚生省公衆衛生局長は「実施要項」において「昭和20年広島及び長崎市に投下された原爆は、もとより、世界初めての例であり、従って核爆発の結果生じた放射能の人体に及ぼす影響に関しても基礎的研究に乏しく明らかでない点が極めて多い。しかしながら、被爆者のうちには、原爆により急性又は亜急性の造血機能障害等を出現したものの外に、被爆後10年以上を経過した今日、いまだに原爆後障害症というべき症状を呈するものがある状態である。特に、この種疾病には被爆時の影響が慢性化して引き続き身体に異常を認めるものと、一見良好な健康状態にあるかにみえながら、被爆による影響が潜在し、突然造血機能障害等の疾病を出現するものとがあり、被爆者の一部には絶えず疾病発生の不安におびえるものがみられる。従って、被爆者について適正な健康診断を行うことによりその不安を一掃する一方、障害を有するものについてはすみやかに適当な治療を行い、その健康回復につとめることがきわめて必要であることは論をまたない。しかしながら、いうまでもなく放射能による障害の有無を決定することは、はなはだ困難であるため、ただ単に医学的検査の結果のみならず、被爆距離、被爆当時の状況、被爆後の行動等をできるだけ精細には握して、当時受けた放射能の多寡を推定するとともに、被爆後における急性症状の有無及びその程度等から間接的に当該疾病又は原爆に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくない。」ことを明らかにした。

(原爆の投下による被爆自体、被爆による被害等の特殊性(一回性)、国家補償法的配慮を根底とする原爆医療法の性格、立法当時における医学等の水準及びこれについての国(内閣・厚生省)の認識等にかんがみると、原爆医療法八条一項の「当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定」を受けようとする被爆者は、被爆者は、被爆した事実を明らかにする事実説明書等、被爆時受傷から申請時に至る間の発傷病の推移等を明らかにする諸検査結果、診断結果資料のほか、申請当時公刊された学術研究書等、一般人が通常利用可能な医学、化学、物理学等の科学関係資料や医師らの鑑定的意見書等によって、申請者の罹患した負傷又は疾病は原爆の放射線を原因とするものとの可能性が原爆の放射線以外のものを原因とするものとの可能性より相対的に高いことを証明すれば足り、その場合には厚生大臣は原爆医療法八条一項の「認定」をしなければならないものと考えるのが正当である。そして、厚生大臣において、申請に対する処分を行う当時、特別に利用可能な資料等に基づいて申請者において相対的に放射線によるものとした申請にかかる負傷又は疾病が放射線によるものではなく、原因が他にあると確定判断できるときには、その旨及び内容を明示して原爆医療法八条一項の認定申請を却下することができるものと考えるべきである。



2 原告の被爆と肝機能障害及び白血球減少症の発症の機序との関連について

() 主として医学上の観点からする検討
原告は広島原爆の投下時に爆心から1.8km離れた広島市皆実町の船舶通信補充隊の通信講堂内において原爆に被爆し、身体に放射線の照射を受けた後、同日(昭和2086日)放射線降下物である黒い灰を身体に被ったほか、呼吸時にこれを吸入し、通信講堂内において受けた顔面の傷害部位からも放射性物質を体内に取り込み、さらに同日から同月13日まで同町内の通信講堂付近、比治山付近、宇品の陸軍船舶練習部付近において救護作業に関与しつつ生活を続けた間に、残留放射線による照射を受けたほか、土砂、瓦礫等の埃、塵芥とともに放射性物質を吸入し、また食物、水等とともにこれらを摂取し、顔面の傷害部位からこれらを体内に取り入れた事実等からして、原告は、初期放射線の照射を受けたうえ、残留放射線による照射とともに放射性物質の相当量を体内に取り込み、体内において長期間にわたって放射線による照射を受けてきたものと認められる。
一般に肝機能障害の原因として放射線の被曝のほかに、アルコール、ウイルス、細菌、肥満、薬剤、腫瘍等が挙げられるが、原告についてはアルコールの多量摂取、白血球及び赤血球の増加剤以外の薬剤の使用、肥満、腫瘍などがあったとは認められず、本件処分までにウイルス等の感染があったとの資料もない。
また、昭和605月の診察検査の結果等からして、原告の白血球減少は白血球を構成する好中球の減少によるものと認められる。そして、一般に好中球の減少の原因として挙げられる放射線、脾腫を伴う疾患(脾機能亢進症及び肝硬変症等)以外の感染症(ウイルス感染症、腸チフス等)、骨髄抑制因子の作用(抗癌剤等)、血液疾患、全身性エリテマトーデス、悪液質、アナフィラキシー様ショック、遺伝性疾患に原告が罹患したことを窺わせるに足りる経過又は資料等はない。
脾腫と白血球減少症との因果関係については、肥大した脾では赤色髄の増大に伴い、血球捕捉、破壊能力が増し、その結果骨髄での造血は正常ないし亢進しているにもかかわらず、末梢血中では血球が減少するという経過を辿るものと理解されるが、原告には二度にわたる骨髄検査によって骨髄の低形成が見られる点などからして、原告の白血球減少症が慢性肝炎又は肝硬変を原発性疾患とする脾機能亢進症によるものとの見方は採用しえない。
以上の検討の結果、主として医学的な観点から考えると原告が昭和20年秋ごろから本件処分時に至るまでほぼ継続して自覚してきた脱力感、易疲労感、食欲不振等は白血球の減少によるもの、肝機能障害によるもの、その双方を原因とするものとの可能性が、その他の事由を原因とするとの可能性より相対的に高いと認められるし、昭和20年秋以降の脱毛、歯茎からの出血も被爆時の放射線の影響によるものと見るほかなく、これらの点等に加えて昭和40年から昭和60年までの白血球数、肝機能検査の結果等からして昭和6011月当時には原告には白血球減少症と肝機能障害があってこれらが前記の各態様による広島原爆の放射線被爆(照射)により発症したものと見ることが相対的に最も可能性の高いものであると認められる。

() 物理学等上の知見と因果関係の存否の検討
一般に、物理学等において特定の原因と特定の結果の間における因果法則の存在を主張する命題を、有意の同一条件のもとでの実験により当該原因から当該結果が発生することを確認(検証)することができる分野が存在することは周知のことである。しかしながら、本件における証明命題のように、証明対象に多数の因果法則が関与しまた多数の現象が介在するものであったり、人為的に特定の原因を与えて結果の発生の有無を確認することが許されないような場合であったとすると、原因から結果に至る家庭を細分化して各部分に関する複数の法則を組み合わせたり、総合するなどして結果の予測をせざるをえないことがある。このような場合には、利用しようとする諸法則自体の正確性等のほかに、これらが当該命題の証明に適するものであるか、実験条件が有意に同一であるか、組み合わせ等の総合あるいは解釈が正当であるかなどの複雑かつ難解な問題が生じ、確定的な事実予測をすることが困難なことが多い。
本件においても、広島原爆の被爆により原告が肝機能障害、白血球減少症に罹患したかどうかが証明対象であって、これが人為的に有意の同一実験条件下での確認を許さないものであるばかりか、広島原爆が歴史上ただ一つ製造投下されたものであって、長崎原爆のようにその後も同一型の爆弾実験が行われてものではないことが一層問題を困難なものとしてきたのである。この点は広島原爆の出力の推定、エネルギースペクトルの確定(推定)等に反映し、それぞれに見解が分かれ、いまだ議論が続けられ、特に爆心地から1000m以遠での中性子線量に関しては本件においても賛否両説からの論説が提出された状況にある。
T65DにしてもDS86にしても、ネバダ実験場による実験結果を基礎にした出力計算、放射線の空中輸送計算、放射線測定等、個々的には有意の同一実験条件下での確認を経たものを含み、これらが全体として科学的な推定体系であることが否定されるものではない。しかし、本件における原告のような複合的な放射線被曝があった場合における被曝線量全体を推定するには適さない点(顔面傷口からの体内取入れ量、食事、呼吸時の摂取量は不明であろう。)もあり、これらの線量推定方式に基づいて被曝線量を原告の被曝線量として確定的な前提とすることは相当ではない。
また、被告らの挙げるしきい値論も放射線治療の現場等における人体照射における障害発生の線量をいうものであって、動物実験による報告では実験条件に対する評価も異なりうるほか、比較的短期間における照射とそれに対する反応を観察した結果の知見であるから、これまた原告におけるような四〇年以上に渡るそれも放射性物質の体内取り込みをも含む大量の被曝による人体に対する影響の有無を論ずる場合においては、その有効性に疑問を呈さざるを得ないであろう。
原告の生育歴、被爆時の状況、発病前後の健康状態、症状の推移、医学上の知見等とその検討に加えて、物理学等の知見とそれに関する被告らの主張する諸点を考慮しても、当裁判所の先の認定判断を維持するのが相当である。



3 原告の「要医療性」について

原告は現在においても、疲労感、倦怠感、食欲不振が続いており、日常にあっては午前中は横になって休養を取って過ごし、時間かけて家事を行い、裁判用務、通院のほかは外出することが少ない生活を送っている。また、依然として白血球減少症状が継続し、これが骨髄の低形成像が示唆する造血機能障害によるものと認められることが~、免疫機能の低下が懸念されるとともに、肝機能障害については現在通院先の病院においてはC型慢性肝炎と診断され、前記医学上の知見として確定したとおり、肝硬変への移行が予測されるが、その移行診断は臨床上も用意ではないことから、慎重な経過観察、各種検査が必要とされていることが認められる。また、当然に全身状態の維持にも厳重な観察を要するであろうし、急激な衰弱等が生じた場合には応急的な治療が迫られることも十分予想されるところであるから、原告は少なくとも四週間に一度程度の定期的な医師の診察のほかに、適時の応急的な治療などをも必要とすると認められるから、原告は原爆医療法七条一項に定める「医療を要する状態にある」と認めるのが相当である。



4 本件処分の違法性について

原告が本件処分当時に罹患していた肝機能障害及び白血球減少症状は、これらが放射線被曝以外の原因によるとの可能性より放射線被曝による可能性が最も高かったのであるから、被告厚生大臣としてはこれらの疾病が原爆医療法八条一項の「原子爆弾の傷害作用に起因する」との認定処分をするべきであったところT65Dの被曝線量推定体系及びいわゆるしきい値論にしたがい原告について「起因性」を否定する意見を提出した原爆被爆者医療審議会に同調して本件処分を行ったと認めるほかない。してみると、本件処分は、行政処分の基礎となる事実の認定を誤った重大明白な瑕疵があり、違法なものとして取消を免れない。



5 被告厚生大臣の故意又は過失について

() 本件処分当時の医療審議会において、被曝線量推定体系のT65Dによる線量評価基準にしたがって申請者の被曝線量を推定し、推定した線量を前提として申請にかかる疾患の原爆放射線「起因性」を判定するのが例であり、原則として委員が申請者の被爆に関する状況資料等に目を通すことも、申請者を診察することもなく、申請者の主治医から意見を聴取せず、申請案件に関する要点を記載した書面によって一件あたり数分間の検討をして結論を出すのが通常の扱いであり、審議の記録は係官がメモ程度のものを作成するに過ぎず、委員の確認を得るような議事録は作成されなかった。

() 被告らは、本件処分に関する医療審議会における審議内容についてはなんら主張立証をしなかったから、これを右に認定したと同様のものと推認するほかなく、審議時間からしても、本件申請について推定線量とししきい値によって原告の申請にかかる肝機能障害及び白血球減少症状について、被爆時の状況、その後の病歴、現症状を総合的に検討することなく、これらの疾病が原爆放射線による可能性が否定できるとの結論を出したと見るほかない。この審議の実態は、被告らが本訴で主張した審議のあり方に反するばかりか、厚生省公衆衛生局v法の「治療指針」「実施要領」にも反するものであり、その審議の結果は、従来の認定例との整合性を欠くものもあり、当裁判所の判断からしても支持しえないものであって、少なくとも過失により審議会として払うべき注意義務に反した違法のものとの誹りを逃れない。

() 被告厚生大臣としては医療審議会の審議実態が前項のような違法のものであることを知っていたか、少なくともこれを知るべき立場にあったのに、格別の是正措置をとることもなく、たやすく医療審議会の意見に同調して処分の前提となる事実の認定を誤り違法な本件処分をするに至ったから、同被告においても少なくとも過失があったというほかない。



6 原告の損害額について

原告は、被告厚生大臣の違法な行為がなければ、原爆被爆者特別措置法二条等に基づいて、本件処分申請の日の属する月の翌月である昭和606月から平成102月までに総額18753570円の特別手当又は医療特別手当を受給することができた筈であった。また、本件違法行為によって受けた精神的な損害に対する慰謝料額は30万円を下らない。

以上