2017年4月10日月曜日


被爆者:低放射線量、がん死高率…非被爆者の2.7倍も


爆心地から2.7~10キロ離れた場所で被爆し、原爆のさく裂に伴う放射線を直接浴びた量が少ない極低線量被爆者でも、被爆していない人よりがんによる死亡リスクが高いことが、名古屋大などの研究者グループの疫学調査で分かった。
放射線影響研究所(放影研)が寿命の追跡調査をしている広島被爆者の集団と、広島、岡山両県の住民データを非被爆者群として比較した。低線量被爆者と一般住民を比べた初めての本格的な研究で、「黒い雨」による残留放射線などの影響が表れた結果と分析している。

◇「原爆症認定基準に疑問」
研究グループは、名古屋大情報連携基盤センターの宮尾克教授(公衆衛生学)ら4人。9月15日発行の日本衛生学会の英文雑誌で発表する。

Hiroshima survivors exposed to very low doses of A-bomb primary radiation showed a high risk for cancers


調査は、71年当時の両県住民のうち、原爆投下時に0~34歳だった計約194万人の同年から90年までの死亡データを使用。放影研の寿命調査のうち広島の被爆者データ(約5万8000人分)を同等の年齢構成などになるよう補正して比較した。その際、極低線量(爆心地から2.7キロ超~10キロ以内で被爆、被ばく線量0.005シーベルト未満)▽低線量(同1.4キロ超~2.7キロ以内、同0.005シーベルト以上0.1シーベルト未満)▽高線量(同1.1キロ超~1.4キロ以内、同0.1シーベルト以上~4.0シーベルト未満)──の3群に分け、各種がんの死亡率を比較した。

その結果、極低線量・低線量の両被爆者群は、男性の固形がん(白血病など造血器系を除くがん)で両県住民より1.2~1.3倍高かった。肝臓がんでは男女とも1.7~2.7倍になり、子宮がんでは1.8~2.1倍となった

宮尾教授らは「原爆症の認定基準の根拠である放影研の被ばく線量推定方式が、遠距離被爆者の浴びた放射線量を過小評価している可能性や、黒い雨や微粒子など放射線降下物による残留放射線の影響が予想以上に遠方まで及ぶことを示唆している」と話している。

原爆放射線に詳しい沢田昭二・名古屋大名誉教授(理論物理学)は「原爆症の新認定基準は残留放射線の影響を重く見ておらず、改めて国の見解を問い直すものだ」と指摘している。【牧野宏美、立石信夫】

◇解説…残留放射線、考慮迫る…被爆者同士の比較避け
低線量被爆者のがん死亡リスクを研究した今回の疫学調査は、放射線影響研究所(放影研)の発がんリスクなどに関する研究で、比較対象としてこなかった「非被爆者群」を一般住民のデータを用いて明確に設定。これまで事実上無視されてきた残留放射線の影響を見直す必要性があるとした点で注目される。
放影研の寿命調査は、約12万人を対象としている。うち広島、長崎の約9万3000人を被爆者とし、被爆時に両市内にはいなかった約2万7000人を「非被爆者群」としてきた。この非被爆者群は、その後の入市状況など行動記録が明確ではなく、放影研は最近まで、被爆線量が0.005シーベルト未満(今回調査の「極低線量群」)の遠距離被爆者を比較対照群として、がんの死亡リスクなどを研究し、「被爆者同士を比較している」との批判を招いてきた。

さらに、被ばく線量は、直接被爆にあたる初期放射線の爆心地からの距離などを基に推定する計算方式を採用。放射線降下物など残留放射線の影響も考慮されなかった。


今回、実際の「非被爆者」と比較し、極低線量被爆者にも統計学的に有意な高い死亡率が示された。4月から原爆症認定基準が改訂されたが、国は「従来の審査方法が科学的に法的に誤ったものではない」(厚生労働省)としており、残留放射線の影響は認めない立場に変わりはない。これに対し、沢田昭二・名古屋大名誉教授は「被爆実態の全体像を科学的につかむ態度が欠けている」と批判している。
(立石信夫、牧野宏美)(毎日新聞 2008.08.04)