2017年5月10日水曜日

「原子爆弾後障害症治療指針について」厚生省公衆衛生局長通知(昭和33年8月13日)

 




原子爆弾後障害症治療指針について



(昭和三三年八月一三日)
(衛発第七二六号)
(各都道府県知事・広島・長崎市市長あて厚生省公衆衛生局長通知)




標記については、かねて検討中であったが、今回原子爆弾被爆者医療審議会の意見を聞き、これを別紙のとおり定めたので了知されるとともに、指定医療機関に対する周知方についてよろしく御配意願いたい。
なお、この指針は、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律第一一条第二項の規定に基くものではなく、この指針による治療は、あくまで同条第一項の健康保険の診療方針中に含まれるものであって、特に留意すべき事項を定めるものであるので、念のため申し添える。
おって、昭和三二年五月一四日衛発第三八五号「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律による診療方針等について」(各都道府県知事、広島・長崎市長あて、公衆衛生局長通知)は、廃止する。


別紙
原子爆弾後障害症治療指針
この指針は、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基き医療の給付を受けようとする者に対し適正な医療が行われるよう、原子爆弾の傷害作用に起因する負傷又は疾病(以下「原子爆弾後障害症」という。)の特徴及び患者の治療に当り考慮されるべき事項を定めたものである。


一 総説
1 原子爆弾後障害症の特徴
原子爆弾後障害症を医学的にみると、原子爆弾投下時にこうむった熱線又は爆風等による外傷の治癒異常と投下時における直接照射の放射能及び核爆発の結果生じた放射性物質に由来する放射能による影響との二者に大別することができる。
すなわち、前者は原子爆弾熱傷の瘢痕異常で代表されるものであって、一般熱傷の場合とはその治癒経過その他に相異が認められ、また、爆風による直接的又は間接的外傷にしてもその治癒の様相に一般の外傷と多少の相異の認められるものが少なくない。
後者は造血機能障害、内分泌機能障害、白内障等によって代表されるもので、被爆後一〇年以上を経た今日でもいまだに発病者をみている状態である。これらの後障害に関しては、従来幾多の臨床的及び病理学的その他の研究が重ねられた結果、その成因についても次第に明瞭となり、治療面でも改善が加えられつつあるが、今日いまだ決して十分とはいい難い。従って原子爆弾後障害症の範囲及びその適正な医療については、今後の研究を待つべきものが少くないと考えられる。
2 治療上の一般的注意
(1) 原子爆弾被爆者に関しては、いかなる疾患又は症候についても一応被爆との関係を考え、その経過及び予防について特別の考慮がはらわれなければならず、原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上、被爆者の受けた放射能特にγ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが、被爆者のうけた放射能線量を正確に算出することはもとより困難である。この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり、また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが、治療を行うに当っては、特に次の諸点について考慮する必要がある。
イ 被爆距離
この場合、被爆地が爆心地からおおむね二キロメートル以内のときは高度の、二キロメートルから四キロメートルまでのときは中等度の、四キロメートルをこえるときは軽度の放射能を受けたと考えて処置してさしつかえない。
ロ 被爆後における急性症状の有無及びその状況、被爆後における脱毛、発熱、粘膜出血、その他の症状をは握することにより、その当時どの程度放射能の影響を受けていたか判断することのできる場合がある。
(2) 原子爆弾後障害症として比較的明瞭なものは、瘢痕治癒異常、造血機能障害、内分泌機能障害、白内障等であるが、この外、肝機能障害、各種腫瘍等種々の続発症の生ずる可能性も考慮しなければならない。
(3) 原子爆弾後障害症においては、その症状が一進一退することが多いので、治療を加えた結果一応軽快をみても、その後における健康状態には絶えず注意を払う必要がある。
(4) 原子爆弾被爆者の中には、自身の健康に関し絶えず不安を抱き神経症状を現わすものも少くないので、心理的面をも加味して治療を行う必要がある場合もある。
(5) 原子爆弾後障害症については、全身的な補強が、肉体的にはもちろん精神的にも好影響をもたらす場合が少くない。
特に全身衰弱の認められるものには、量的及び質的に十分な栄養の補給、強壮剤の投与を行うとともに、各種のストレスに対する予備能力の低下傾向に注意する必要がある。


二 各論
1 造血機能障害の治療
原子爆弾後障害症のうちで最も変化が著しく、発現率の高いのは、造血機能障害である。
これには、放射能の照射によってひき起こされた障害が遅れて現われる後発症状と傷害の後遺症ともいうべき症状との二種類がある。すなわち、後年における白血病の発生等は前者に属し、また、常に幾分の貧血や白血球減少が認められ、必要な場合に白血球の調節が十分でないというような例は障害を受けた機能の回復が不十分なものであって後者に属する。ただし、実際にはこの両者を厳密に分けることの困難な場合が多く、また一見順調に機能が維持されているかにみえるものでも、将来突然変調をきたす場合もあるので注意する必要がある。原子爆弾後障害症としての造血機能障害が一般の造血機能障害とその発生機序がどのように異なるかについては、必ずしも明瞭でなく、従ってその治療に際しては一応既知の造血機能障害に準じて取り扱うこととなる。
また、造血機能障害が放射能によるものか否かの鑑別診断がかなり困難な場合が多いので、被爆者について他の原因が認められない場合には、一応被爆の影響を除外し得ないものとして治療を行う必要がある。

(1) 貧血の治療
イ 造血剤によって回復を期待し得る貧血
(イ) 小血球性低色素性貧血
これらは一般に鉄不足の状態にあり、また骨髄中にも細胞の増殖を認められるものが少なくないが、鉄剤の使用により回復させ得る場合が多い。ただし、出血、寄生虫症等他の原因を十分考慮して除外する必要がある。
(ロ) 大血球性高色素性貧血の一部
これはやはり骨髄中に細胞の増殖がみられる場合であって、一般には肝製剤、ビタミンB12、葉酸等が有効である。
ロ 造血剤のみの使用によっては回復の不可能な貧血
正常血球性(正常色素性)貧血、大血球性(高色素性)貧血の一部等は一般に骨髄が再生不良性の状態を示すが、なかにはむしろ細胞数の多くみられるものもあり、この所見は細胞の成熟障害あるいは部位的な細胞増殖と考えられるもので、これに対しては各種造血剤の使用、輸血、摘脾等の治療が有効な場合がある。
しかし、この種の貧血で高度の場合には、再生不良性貧血に準じて取扱うことが必要である。
また輸血は原則的に造血剤の使用後その経過をみて行うが、貧血が高度の場合には必要に応じて行う。
(2) 多血の治療
軽度の赤血球増多には、特殊の治療を要しないが、高度のものは一般の多血症に準じて治療を行う。
(3) 白血球減少(顆粒球減少)の治療
一般に骨髄に著変を認めない軽度の白血球減少は他に特別の所見のない限り、対症療法を用いるに止める。
また、白血球減少の高度のもの又は他の病状を伴うものにあっては、一般の白血球減少症に準じて治療を行う。
(4) 白血球増多の治療
放射能以外の原因を十分考慮したうえ、白血球増多の高度なものについては白血病への移行を検討する必要がある。
(5) 再生不良性貧血の治療
再生不良性貧血には次の治療を行う。
イ 多種造血剤の使用
ロ 輸血
ハ 必要に応じて摘脾
ニ 非特異性蛋白剤、ホルモン剤、ビタミン剤の使用
ホ 抗生物質の投与
ヘ その他必要に応じた治療
(6) 顆粒球減少症の治療
顆粒球減少症には次の治療を行う。
イ 各種白血球増多性製剤(核酸物質を含む)及び造血臓器製剤の使用
ロ 輸血
ハ 摘脾(脾の抑制作用が考えられる場合)
ニ 非特異性蛋白剤、ホルモン剤、ビタミン剤の使用
ホ 抗生物質の投与
(7) 出血性素質の治療
出血性素質には次の治療を行う。
イ 各種造血剤の投与
ロ ビタミンD、K、C剤、カルシウム剤の使用
ハ 輸血
ニ 摘脾
ホ ACTH、コーチゾン等のホルモン剤の使用
ヘ その他必要に応じた治療
(8) 白血病の治療
白血病には次の治療を行う。
イ 輸血
ロ 各種白血球減少性製剤(抗白血病製剤)の投与
ハ 放射性燐の使用
ニ ACTH、コーチゾン等ホルモン剤の使用
ホ 抗生物質の投与
ヘ その他必要に応じた治療
(9) 造血機能障害の治療に関する注意
イ 貧血、白血球減少症、血小板減少症はしばしば併存していわゆる汎骨髄瘻の形をとる。従ってその治療も全般的に行う必要のある場合が多い。
ロ 造血機能障害の場合にも一般栄養状態及び合併症に対する治療を必要とする。


2 内分泌腺機能障害の治療
原子爆弾後障害症としてみられる内分泌腺機能障害は主として副腎皮質機能障害、性腺機能障害、甲状腺機能障害であるが、これらは特に放射能に基くか否かの判断が困難な場合が多いので、可能な限り他の原因を排除し、原因の明瞭でないものは被爆による影響の可能性を考慮して治療を行わざるを得ない。
その治療法は一般の副腎皮質機能低下及び性腺機能障害の治療に準ずる。ただし、内分泌機能障害が造血機能障害等と共存する場合が多いので、この場合は両者の治療を同時に行う必要がある。
3 肝機能障害の治療
放射能が肝機能に及ぼす影響についてはいまだ明瞭でない点が多いが、原子爆弾後障害症として肝機能障害を生ずることがあると一般に考えられている。
この場合には一般の肝機能障害に準じて治療を行う。
4 熱傷瘢痕異常の治療
原子爆弾熱傷部の瘢痕は、種々の異常状態を呈して今日に至っているが、それに対する治療方針の検討に際しては、まず、原子爆弾熱傷の特殊性を考慮し、次いで、それら瘢痕の性状、経過及び現状を観察して対策を講ずべきである。しかし、事件発生後一〇年余の経過した今日、それらの瘢痕異常は、すでに固定期に入るものと考えられるので、今後に於ける実地上の治療方針については、大体において、他の原因で発生した熱傷瘢痕の異常と同様の線に沿って検討してもさしつかえない。
原子爆弾熱傷の瘢痕異常で、今日において治療を必要とするものは、瘢痕肥厚、均縮等に基く醜形ないし機能障害であり、治療術式としては、瘢痕の除去、植皮による形成等を主体とする外科的方法であるべきであろうが、原子爆弾熱傷の特殊性に基いて、それ等の異常な治療が極めて困難であり、種々努力を重ねても十分に満足すべき成績を挙げにくいことがある。従って、これらの瘢痕異常の治療にあたっては、適応の選択を厳正にしなければならない。特に、美容のみを目的とする治療に際しては、一層慎重に適応の選択に当ることが必要である。
原子爆弾熱傷の瘢痕異常に対する外科的形成治療法の実施に際して、一般的に注意を要することは、次の諸点である。

(1) 肥厚ないしケロイド化瘢痕の除去は完全に行うことを原則とすべきである。特に機能障害の治療にあたっては、部分的な切除だけでは、永続的効果をもたらし得ないことが多い。
(2) 皮膚の移植は自家皮膚移植法が原則とし、十分に余裕をもった移植片を用うべきである。遊離切断皮膚片の外、必要に応じては、有茎性、特に管状有茎移植法或いは埋没移植法等の応用されることが望ましい。植皮術における移植皮膚片、特にその厚さの選択については、被覆すべき欠損部の大きさ、深さ、移植床の状況等に従って、慎重に考慮しなければならない。例えば同じくシュールシュ氏法による皮膚片であっても、少し大形のものを用いる場合には、やや厚めのもの(デルマトームがあれば適宜に加減が出来る)を用いると、種々の点で都合がよい。
(3) 高度畸形の外科的矯正術に際しては、深部組織としての腱筋膜、筋肉、骨等の変状は勿論のこと、特に血管及び神経の収縮固定状態に注意し、慎重周到な対策をもって臨まなければならない。そうでないと、機能の改善が得られないばかりでなく、その部の循環障害ないし壊疽を来たして、かえって目的に反することがある。
(4) 美容的治療法としての意味が多い施術に際しては、一般に漸進的方策のとられることが望ましい。そして皮下の瘢痕組織等を形成部下敷用として利用すること等の注意が必要である。特に発育期にある小児においては、これらの注意が必要である。
(5) 今日においても、形成治療の後に、まれには、皮膚縫合部瘢痕が軽度ながら肥厚ないしケロイド化の傾向を示すことがあるが、これを、原子爆弾障害の影響によるケロイド素質が残っているものと考える前に、形成治療法の手技に欠けるところがないかを反省してみることが必要である。
従って美容を主目的とする治療に際しては、残存皮膚縁部の取扱いは特に庇護的にし、縫合針並びに縫合絲等もなるべく細小のものを用いるべきである。
なお身体のいずれの部分を問わず、熱傷瘢痕の部に難治の潰瘍を残し、あるいは時々潰瘍形成を繰り返す場合には、必ず、適宜植皮法によって被覆治癒させなければならない。潰瘍形成に至らないまでも、瘢痕部に時々皹裂を発生するような場合も、前項に準じて処理すべきである。これらの注意は、いうまでもなく、皮膚癌発生の危険を未然に防止しようとするためのものである。

5 眼障害の治療
眼科領域における原子爆弾後障害のうち、治療を要するものは、主として直接の眼外傷による後遺症と放射能性白内障とであるが、その他、眼機能の異常等も、稀には、存在することがある。以上の場合の治療法は、次に掲げるもの以外は、一般の治療法に準じて、適宜行うものとする。

(1) 眼外傷による後遺症の治療
原子爆弾による眼外傷は、主として熱線による火傷と爆風のため飛来した異物による損傷であるが、これらは何れも前述の熱傷瘢痕異常の治療を参考の上、一般眼外傷の後遺症に準じて治療を行う。
(2) 放射性白内障の治療
原子爆弾による白内障は、被爆時瞬間的に放射されたγ線及び中性子によって生じた放射能性白内障であって従来知られているX線又はラジウムによる放射能性白内障に類似している。
放射能性白内障に水晶体の溷濁が進めば他の原因による白内障と区別することが困難であるが、原子爆弾後障害症としての放射能性白内障は、おおむね、爆心地から比較的近距離で被爆した者に現われるので、特に他の原因の明らかなものを除き、近距離で被爆したものの白内障は、放射能性白内障として処理せざるを得ないことが多い。
原子爆弾後障害症としての白内障の治療はおおむね一般の白内障の治療に準じて行う。





2017年5月2日火曜日

原爆症認定訴訟において被告(国)が行っている主張とは






だが、全国の各裁判所は

被告(国)の主張を退ける判決を次々と下した



2017年4月10日月曜日


被爆者:低放射線量、がん死高率…非被爆者の2.7倍も


爆心地から2.7~10キロ離れた場所で被爆し、原爆のさく裂に伴う放射線を直接浴びた量が少ない極低線量被爆者でも、被爆していない人よりがんによる死亡リスクが高いことが、名古屋大などの研究者グループの疫学調査で分かった。
放射線影響研究所(放影研)が寿命の追跡調査をしている広島被爆者の集団と、広島、岡山両県の住民データを非被爆者群として比較した。低線量被爆者と一般住民を比べた初めての本格的な研究で、「黒い雨」による残留放射線などの影響が表れた結果と分析している。

◇「原爆症認定基準に疑問」
研究グループは、名古屋大情報連携基盤センターの宮尾克教授(公衆衛生学)ら4人。9月15日発行の日本衛生学会の英文雑誌で発表する。

Hiroshima survivors exposed to very low doses of A-bomb primary radiation showed a high risk for cancers


調査は、71年当時の両県住民のうち、原爆投下時に0~34歳だった計約194万人の同年から90年までの死亡データを使用。放影研の寿命調査のうち広島の被爆者データ(約5万8000人分)を同等の年齢構成などになるよう補正して比較した。その際、極低線量(爆心地から2.7キロ超~10キロ以内で被爆、被ばく線量0.005シーベルト未満)▽低線量(同1.4キロ超~2.7キロ以内、同0.005シーベルト以上0.1シーベルト未満)▽高線量(同1.1キロ超~1.4キロ以内、同0.1シーベルト以上~4.0シーベルト未満)──の3群に分け、各種がんの死亡率を比較した。

その結果、極低線量・低線量の両被爆者群は、男性の固形がん(白血病など造血器系を除くがん)で両県住民より1.2~1.3倍高かった。肝臓がんでは男女とも1.7~2.7倍になり、子宮がんでは1.8~2.1倍となった

宮尾教授らは「原爆症の認定基準の根拠である放影研の被ばく線量推定方式が、遠距離被爆者の浴びた放射線量を過小評価している可能性や、黒い雨や微粒子など放射線降下物による残留放射線の影響が予想以上に遠方まで及ぶことを示唆している」と話している。

原爆放射線に詳しい沢田昭二・名古屋大名誉教授(理論物理学)は「原爆症の新認定基準は残留放射線の影響を重く見ておらず、改めて国の見解を問い直すものだ」と指摘している。【牧野宏美、立石信夫】

◇解説…残留放射線、考慮迫る…被爆者同士の比較避け
低線量被爆者のがん死亡リスクを研究した今回の疫学調査は、放射線影響研究所(放影研)の発がんリスクなどに関する研究で、比較対象としてこなかった「非被爆者群」を一般住民のデータを用いて明確に設定。これまで事実上無視されてきた残留放射線の影響を見直す必要性があるとした点で注目される。
放影研の寿命調査は、約12万人を対象としている。うち広島、長崎の約9万3000人を被爆者とし、被爆時に両市内にはいなかった約2万7000人を「非被爆者群」としてきた。この非被爆者群は、その後の入市状況など行動記録が明確ではなく、放影研は最近まで、被爆線量が0.005シーベルト未満(今回調査の「極低線量群」)の遠距離被爆者を比較対照群として、がんの死亡リスクなどを研究し、「被爆者同士を比較している」との批判を招いてきた。

さらに、被ばく線量は、直接被爆にあたる初期放射線の爆心地からの距離などを基に推定する計算方式を採用。放射線降下物など残留放射線の影響も考慮されなかった。


今回、実際の「非被爆者」と比較し、極低線量被爆者にも統計学的に有意な高い死亡率が示された。4月から原爆症認定基準が改訂されたが、国は「従来の審査方法が科学的に法的に誤ったものではない」(厚生労働省)としており、残留放射線の影響は認めない立場に変わりはない。これに対し、沢田昭二・名古屋大名誉教授は「被爆実態の全体像を科学的につかむ態度が欠けている」と批判している。
(立石信夫、牧野宏美)(毎日新聞 2008.08.04)

2017年3月9日木曜日

 被爆者健康手帳交付等請求事件(被爆体験者訴訟)平成24年6月25日判決 長崎地裁



(長崎地裁平成19年(行 ウ)第15号,同20年(行ウ)2号,同7号,同10号,同11号,同13号,同14号, 平成24年6月25日判決)


 本件は,長崎市に原子爆弾が投下された当時,爆心地から7.5ないし12キロ メートル離れた地域にいたX1(原告)らが,被爆者援護法(以下「法」とい う。)及び同施行規則に基づき,長崎市長及び長崎県知事に対し,被爆者健康手 帳の交付申請及び健康管理手当の認定申請を行ったところ,同市長らから,X1 らの被爆地点が同施行令で定められた被爆地域に該当しないこと等を理由に申請を却下する処分を受けたため,Y1(長崎市,被告)及びY2(長崎県,被告) に対し,同処分の取消し及び被爆者健康手帳の交付の義務付けを求めるとともに,Y3(国,被告)に対し,X1らが所在した地域を法1条1号の区域として政令に定める義務があることの確認を求め,さらに,Y1らに対し,国賠法1条1 項に基づき,一人当たり1,000円の損害賠償を求めるなどしたものである。  

本判決は,要旨以下のとおり判示して,X1らの訴えを一部却下し,請求を一 部棄却した。なお,本件訴訟提起後に死亡した者が提起した訴訟については, 相続人による訴訟承継は認められないとして,訴訟終了宣言をした。

 ①(政令制定義務存在確認請求及び政令制定不作為違法確認請求に係る各訴えの適法性)国民は,国に対し,政令を定めることを求める権利を具体的な権 利として有するものではないから,各訴えは,いずれも当事者間の具体的な権 利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に当たらないことが明らかであり, 裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらない。

②(被爆者地位確認 請求に係る訴えの適法性)本件請求は,特定の者が被爆者健康手帳の交付を受 けていない段階で法1条3号に該当する者としての地位にあることの確認を求めるものであり,また,過去の法律関係の確認を求めるものであるから,確認の利益がない。

③(健康管理手当支払請求に係る訴えの適法性)健康管理手当 の支給請求権(受給権)は,都道府県知事等に対して健康管理手当の支給認定 を申請した者がその認定を受けることにより具体的な権利として取得するものであり,都道府県知事等による上記支給認定を受けるまでは,訴訟上,健康管 理手当の支払を求めることはできない。

④(訴訟承継の成否)被爆者健康手帳 の交付を受けて被爆者援護法所定の援護を受けることができる権利は,当該被 爆者に与えられた一身専属的なものであって,相続の対象にならない。した がって,被爆者健康手帳交付申請却下処分の取消訴訟及び健康管理手当支給認 定申請却下処分の取消請求を提起した原告が死亡したときは,その相続人において,上記各訴訟における原告の地位を承継することはできず,上記各訴訟は, 上記死亡により終了する。

⑤(法1条3号の要件該当性及びY1及びY2の却下 処分の違法性)同号にいう「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった」とは,原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事 情の下にあったことをいい,「原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性が ある事情の下にあった」との事実が存在することにつき,X1らにおいて高度 の蓋然性を証明することが必要であるところ,X1らにはかかる証明がない。 よってY1及びY2が,X1らの被爆者健康手帳交付申請を却下した処分に違法 はないから,X1らが提起した被爆者健康手帳交付義務付け請求に係る訴えは, 訴訟要件を欠く。

⑥(健康管理手当支給認定申請却下処分の違法性)X1らは, いずれも被爆者健康手帳の交付を受けていないのであるから,健康管理手当の 支給要件を欠くことが明らかであり,Y1及びY2がX1らの健康管理手当の支 給認定申請を却下した処分に,違法はない。

⑦(国賠請求)原爆投下当時に X1らが所在した各地点は,爆心地から7.5キロメートル以上離れた場所にあり,いずれも法1条1号の科学的知見に係る地域(爆心地から約5キロメートルま での範囲内の地域)の範囲外にあるから,Y3が,政令において上記各地点を同 号の「隣接する区域」として定めなかったことは,合理性を欠くとはいえず, 国賠法1条1項の適用上,違法ではない(控訴)。





2017年1月9日月曜日

原爆症認定集団訴訟の法廷にて証言


昭和20年8月6日に広島に原爆が落ちましたが、その当時私は4歳でしたので、母から聞いた被爆状況も交えてお話しします。
私の自宅は当時爆心地から約1.4キロメートルの広島市比治山町にありました。しかし、私は、姉と妹の2人とともに、母に連れられて8月5日から安佐郡にある親戚の家にいましたので、原爆の直爆には会いませんでした。8月6日の朝、母は、私達子供3人を連れて家に帰ろうとしたところ、急に妹がむずがったため、当初予定していた列車に乗り遅れてしまいました。この列車に乗り遅れたおかげで、原爆の直爆にあわずにすみました。
その後妹も落ち着いてきたので母は私達を連れて自宅に帰ろうとしましたが、安佐郡落合村にいたときに原爆が投下されました。広島市内の方から大きなキノコ雲がもくもくと出てきたことを覚えています。
今考えると、妹がむずかったために原爆の直爆にあわずにすんだのですから、何か不思議な力が働いたようにも感じます。
8月6日の朝、私達が親戚の家を出る前に、その親戚の一人息子の勉ちゃんが1本前の列車に乗って広島市内に行き、原爆の直爆にあいました。勉ちゃんは数日後には見つかり、両親が勉ちゃんを大八車に乗せて連れて帰ってきました。顔は焼けて腐って肉は落ちており、顔の骨がむき出しになり、まるで骸骨のようだったそうです。それに手の指の間からはウジ虫がわいていて、生きているのも不思議なくらいだったそうです。勉ちゃんは8月10日ころなくなりましたが、今も勉ちゃんが言った「おばちゃん、遅れてよかったね」という言葉が母の耳から離れないそうです。
11日になり、母は、当時2歳の妹を親戚の家に預けて、私と姉の二人を連れて比治山町の自宅に戻りました。広島駅の一駅前の矢賀駅から自宅まで線路沿いに歩いていきました。
広島市内に入ると、汚物といいますか、ぐちゃぐちゃに腐った焼けた死体がいたるところに盛り上がって積んであったことから、母はそれを子供達に見せたくないと思い、私達に向かって「下を向いて歩きなさい。」と強く言ってきましたので、私はずっと下を見て歩いていました。当時は夏真っ盛りでしたので、腐ってひどい臭いがしてたそうです。
自宅についてみると、自宅はすでに焼け落ち、瓦礫の山と化していました。母と私と姉は自宅庭に埋めてあった甕を掘り出し、その中に入っていた豆や缶詰や米などを食べたり、近くの破裂した水道管から水を汲んできて飲んだりしていました。また、母を手伝って、瓦礫を掘り返したりもしていました。当時は真夏でしたので、私達は薄着でしたし、もちろん素手で掘り返したりしていましたので、親子3人全身泥まみれ、ほこりまみれになってしまいました。また、私と姉は母に連れられて、八丁堀や中国新聞のあった場所あたりまで行ったこともありました。
当時は原爆のこと、放射線のことを全く知らなかったこととはいえ、今思うとなんて恐ろしいことをしていたのだろうかと思います。
このように自宅跡の瓦礫を掘り返したり、甕の中の豆などを食べたり、市内を歩き回ったりしていましたが、16日に一旦親戚の家に戻りました。その後翌年春ころ自宅跡にバラックのようなものを立て、そこでの生活を始めました。
8月11日に入市してからしばらくして、私と姉に発熱と下痢の症状が出てきました。はじめ母は普通の風邪かと思ったそうですが、9月に入ってもなかなか治らず、むしろ重くなっていきました。その後も約2年間くらい、私と姉はしょっちゅう熱を出したり下痢をしたりしていました。しかも、一度発熱や下痢の症状がでるとなかなか治りませんでした。
私は、その約2年間、4歳から6歳の間、家の中にいることが多く、外に出るにしても家の周りで遊ぶくらいしかできませんでした。また、5歳くらいのときに、高熱が長期間続き、命が危ぶまれた時期もありました。
被爆後2年ほど経つと、私と姉の症状は大分軽くなりましたが、私は小学3年生の9歳ころまでは、まだ病弱で体調を崩すことが多く学校を休みがちでした。私は太ることができず、ほとんど骨と皮だけでした。
しかし、その後は病弱ながらも体調は安定していきました。
しかし、昭和54年に白血球減少症の診断を受け、昭和60年には姉が腎臓癌になり、平成13年には私が直腸癌になってしまいました。しかも、翌14年に直腸癌が再発し、手術で人工肛門になってしまいました。
そのうえ、私は、この裁判の第1回期日のあった5月27日の直前に骨盤内のリンパ節に癌が転移しているのが見つかりました。しかも制ガン剤が私の体に合わず、何日間も激しい腹痛と下痢と吐き気に苦しみました。
このような癌について、はじめは放射線の影響とは思いもつかなかったのですが、私の親戚には入市した私と姉以外には癌になった人がおらず、入市しなかった私の妹は癌になっていないことから、私と姉の癌は原爆の影響ではないかと段々思い始めていきました。
私は平成13年から癌に苦しめられていますが、小学校高学年以降は、多少腸が弱いこと以外は、普通に生活ができていました。しかも、24歳のとき東京に出てからは広島にいたころとは違い、被爆者の「ひ」の字も聞かなくなりました。そのため、原爆のこと、自分が被爆者であることを全く意識しないような生活をしていました。
しかし、38歳のときに母の勧めで被爆者手帳をとり、その後母とともに被爆者の運動に関わってきています。
東京に来て被爆者である私でさえ自分が被爆者であることをほとんど意識しないような生活をしていたため、これではよくない、被爆の怖さを広く訴え、いかに原爆が恐ろしいものであるかを広く知ってもらいたいことから、これまで被爆者の運動に関わってきました。
そして、今回集団訴訟の原告になりましたが、この裁判で、私は入市だからといって放射線の影響がないということは間違っている、私のように急性症状が出て苦しんでいる人もいるということを裁判所は分かって頂きたいと思います。他の多くの入市・遠距離被爆者の方々のためにも最後までたたかっていきたいと思います。
最後に存命中の母のことで言いたいことがあります。このように姉が腎臓癌になり、私も直腸癌になり、しかも今年になってリンパ節に癌が転移してしまったことについて、母はとてもショックを受けています。母は、「あのとき私が娘達を広島市内の自宅まで連れて行かなければ、娘達がこんなにも苦しむこともなかっただろう」と悔やんでいます。
以上で私の陳述を終わりにします。