2017年7月10日月曜日

核兵器禁止条約



【前文】
 本条約の締約国は、国連憲章の目的と原則の実現に貢献することを決意。
 核兵器の使用によって引き起こされる破局的な人道上の結末を深く懸念し、そのような兵器全廃の重大な必要性を認識、全廃こそがいかなる状況においても核兵器が二度と使われないことを保証する唯一の方法である。
 偶発や誤算あるいは意図に基づく核兵器の爆発を含め、核兵器が存在し続けることで生じる危険性に留意。これらの危険性は全人類の安全保障に関わり、全ての国が核兵器の使用防止に向けた責任を共有していることを強調。
 核兵器の破局的な結果には十分に対処できない上、国境を越え、人類の生存や環境、社会経済の開発、地球規模の経済、食料安全保障および現在と将来世代の健康に対する深刻な関連性を示し、ならびに電離放射能の結果を含めた母体や少女に対する不釣り合いな影響を認識。
 核軍縮ならびに核兵器なき世界の実現および維持の緊急性に対する倫理的責務を認識し、これは国家および集団的な安全保障の利益にかなう最高次元での地球規模の公共の利益である。
 核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意。
 核兵器に関わる活動で先住民に対する不釣り合いに大きな影響を認識。
 全ての国は国際人道法や国際人権法を含め、適用される国際法を常に順守する必要性があることを再確認。
 国際人道法の原則や規則を基礎とし、とりわけ武装紛争の当事者が戦時において取り得る方法や手段の権利は無制限ではないという原則、区別の規則、無差別攻撃の禁止、均衡の規則、攻撃の予防措置、過度な負傷や不要な苦痛を引き起こす兵器使用の禁止、自然保護の規則。
 いかなる核兵器の使用も武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道法の原則と規則に反していることを考慮。
 いかなる核兵器の使用も人間性の原則や公共の良心の指図に反することを考慮。
 各国は国連憲章に基づき、国際関係においていかなる国の領土の一体性や政治的独立、あるいはその他の国連の目的にそぐわない形での武力による威嚇や使用を抑制すべき点を想起し、さらに国際平和と安全の確立と維持は世界の人的、経済的資源を極力軍備に回さないことで促進される点を想起。
 1946年1月24日に採択された国連総会の最初の決議ならびに核兵器の廃棄を求めるその後の決議を想起。
 核軍縮の遅い歩みに加え、軍事や安全保障上の概念や教義、政策における核兵器への継続的依存、ならびに核兵器の生産や維持、現代化の計画に対する経済的、人的資源の浪費を懸念。
 核兵器について後戻りせず、検証可能で透明性のある廃棄を含め、核兵器の法的拘束力を持った禁止は核兵器なき世界の実現と維持に向けて重要な貢献となる点を認識し、その実現に向けて行動することを決意。
 厳密かつ効果的な国際管理の下、総合的かつ完全な軍縮に向けた効果的な進展の実現を視野に行動することを決意。
 厳密かつ効果的な国際管理の下での核軍縮のための交渉を誠実に追求し、結論を出す義務があることを再確認。
 核軍縮と不拡散体制の礎石である核拡散防止条約の完全かつ効果的な履行は国際平和と安全を促進する上で極めて重要な役割を有する点を再確認。
 核軍縮と不拡散体制の核心的要素として、包括的核実験禁止条約とその検証体制の不可欠な重要性を再確認。
 国際的に認知されている非核地帯は関係する国々の間における自由な取り決めを基に創設され、地球規模および地域の平和と安全を強化している点、ならびに核不拡散体制を強化し、さらに核軍縮の目標実現に向け貢献している点を再確認。
 本条約は、締約諸国が一切の差別なく平和目的での核エネルギーの研究と生産、使用を進めるという譲れない権利に悪影響を及ぼすとは解釈されないことを強調。
 平等かつ完全で効果的な女性と男性双方の参加は持続性ある平和と安全の促進・達成の重要な要素であり、核軍縮における女性の効果的な参加の支持と強化に取り組むことを再確認。
 あらゆる側面における平和と軍縮教育、ならびに現代および将来世代における核兵器の危険性と結果を認知する重要性を認識し、さらに本条約の原則と規範の普及に向けて取り組む。
 核兵器廃絶への呼び掛けでも明らかなように人間性の原則の推進における公共の良心の役割を強調し、国連や赤十字国際委員会、その他の国際・地域の機構、非政府組織、宗教指導者、国会議員、学界ならびにヒバクシャによる目標達成への努力を認識。
 以下のように合意:
 

【本文】
 第1条(禁止)
 一、締約国はいかなる状況においても以下を実施しない。
 (a)核兵器あるいはその他の核爆発装置の開発、実験、製造、生産、あるいは獲得、保有、貯蔵。
 (b)直接、間接を問わず核兵器およびその他の核爆発装置の移譲、あるいはそうした兵器の管理の移譲。
 (c)直接、間接を問わず、核兵器あるいはその他の核爆発装置、もしくはそれらの管理の移譲受け入れ。
 (d)核兵器もしくはその他の核爆発装置の使用、あるいは使用するとの威嚇。
 (e)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かを支援、奨励、勧誘すること。
 (f)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かに支援を要請し、受け入れること。
 (g)領内あるいは管轄・支配が及ぶ場所において、核兵器やその他の核爆発装置の配備、導入、展開の容認。
 ▽第2条(申告)
 一、締約各国は本条約が発効してから30日以内に国連事務総長に対し以下の申告を提出。
 (a)本条約の発効前に核兵器あるいは核爆発装置を所有、保有、管理していたかどうかや、核兵器計画については核兵器関連の全ての施設を廃棄もしくは後戻りしない形で転換したかどうかを含めた廃棄の申告。
 (b)第1条(a)にもかかわらず、核兵器もしくは核爆発装置を所有、保有、管理していたかどうかの申告。
 (c)第1条(g)にもかかわらず、領内やその他の管轄・支配している場所において、他国が所有、保有、管理する核兵器やその他の核爆発装置があるかどうかの申告。
 二、国連事務総長は受領した全ての申告を締約諸国に送付。
 ▽第3条(保障措置)
 一、第4条の一項、二項に当てはまらない各締約国は最低限でも、将来採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、本条約が発効した段階で国際原子力機関の保障措置上の義務を守る。
 二、第4条の一項、二項に当てはまらず、国際原子力機関と包括的保障措置協定を締結していない締約国は、包括的保障措置協定について合意し、発効させる。協定の交渉はその締約国について本条約が発効してから180日以内に開始。協定はその締約国の本条約発効から18カ月以内に発効。それゆえ各締約国は将来において採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、義務を守る。
 ▽第4条(核兵器の全廃に向けて)
 一、2017年7月7日以降に核兵器もしくは核爆発装置を所有、保有、管理し、また本条約の発効前に全ての核兵器関連施設の廃棄もしくは後戻りしない形での転換を含め核兵器計画を廃棄した締約国は、核兵器計画が後戻りしない形で廃棄されたことを検証する目的のため、第4条の六項で指定する法的権限のある国際機関と協力。その機関は締約諸国に報告。そうした締約国は申告済みの核物質が平和的な核活動から転用されていないことやその国全体で未申告の核物質・核活動がないことについて信頼に足る確証を与えるため、国際原子力機関と保障措置協定を締結。協定の交渉はその締約国について本条約が発効してから180日以内に開始。協定はその締約国の本条約発効から18カ月以内に発効。それゆえ各締約国は将来において採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、これら保障措置の義務を守る。
 二、第1条(a)にもかかわらず、核兵器やその他の核爆発装置を所有、保有、管理する締約国は、それらを直ちに核兵器システムの稼働状態から取り外し、破壊する。これは、全ての核兵器関連施設の廃棄もしくは後戻りしない形での転換を含め、検証可能かつ後戻りしない形での核兵器計画廃棄のため、法的拘束力があり時間を区切った計画に沿ってできるだけ速やかに、ただ締約諸国の最初の会議で決めた締め切りより遅れてはいけない。その締約国は本条約がその国で発効してから60日以内に、本計画を締約諸国や締約諸国が指定した法的権限のある国際機関に提出。本計画は法的権限のある国際機関と協議される。国際機関は手続き規則に従って承認を得るため、その後の締約国会議か再検討会議かいずれか早い方に本計画を提出。
 三、上記二項に当てはまる締約国は、申告済みの核物質が平和的な核活動から転用されていないことやその国全体で未申告の核物質・核活動がないことについて信頼に足る確証を与えるため、国際原子力機関と保障措置協定を締結。協定の交渉は二項で言及した本計画の履行が完了する日までに開始。協定は交渉開始から18カ月以内に発効。それゆえ締約国は最低限、将来において採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、これら保障措置の義務を守る。三項で言及された協定の発効後、その締約国は国連事務総長に第4条での義務を遂行したとの申告を提出。
 四、第1条(b)(g)にもかかわらず、領内やその他の管轄・支配している場所において、他国が所有、保有、管理する核兵器やその他の核爆発装置がある締約国は、それら兵器についてできるだけ速やかに、ただ締約国の最初の会議で決めた締め切りより遅れることなく、迅速な撤去を確実にする。そうした兵器と爆発装置の撤去に関し、締約国は国連事務総長に第4条の義務を遂行したとの申告を提出。
 五、第4条が当てはまる締約国は、第4条での義務履行を遂行するまで、締約国会議と再検討会議に進展状況の報告書を提出。
 六、締約諸国は核兵器計画の後戻りしない形での廃棄のための交渉と検証のため、法的権限のある国際機関を指定。検証には第4条の一項、二項、三項に従って、全ての核兵器関連施設の廃棄や後戻りしない形での転換を含む。第4条の一項、二項が当てはまる締約国に対する本条約の発効前に上記の指定が済んでいない場合、国連事務総長は必要な決定のため締約国の特別な会議を開催。
 ▽第5条(国家の履行)
 一、締約国は本条約の義務履行のために必要な措置を導入する。
 二、締約各国は、個人またはその管轄・支配にある区域で行われる本条約の禁止行為を防止し抑制するため、刑事罰の強制を含め、全ての適切な法律上、行政上あるいはそれ以外の措置を導入。
 ▽第6条(被害者支援と環境改善)
 一、締約各国は、核兵器の使用や実験に伴って悪影響を受けた管轄下の個人に関し、国際人道・人権法に従って、医療ケアやリハビリ、心理的な支援を含め、年齢や性別に適した支援を十分に提供。社会的、経済的な面についても同様。
 二、締約国は管轄・支配下の地域が核兵器の実験や使用に関連する活動の結果、汚染された場合、汚染地域の環境改善に向け必要かつ適当な措置を受け取る。
 三、上記一項、二項の義務は国際法や2国間の取り決めの下で負う他の国の責務や義務には関係しない。
 ▽第7条(国際協力と支援)
 一、締約各国は本条約の履行を促進するため、他の締約国と協力。
 二、本条約の義務を履行するに当たり、締約各国は他の締約国から、それが実行可能なら支援を求め、受け取る権利がある。
 三、それが可能な締約国は、本条約の履行促進のため、核兵器の使用や実験で悪影響を受けた締約国に技術的、物質的、財政的な支援を与える。
 四、それが可能な締約国は核兵器その他の爆発装置の使用と実験に伴う被害者に対する支援を与える。
 五、第7条の下での支援は、とりわけ国連機構、国際あるいは地域、各国の機構や機関、非政府の機構や機関、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、各国の赤十字・赤新月社、または2国間の枠組みで提供される。
 六、国際法でのその他の責務や義務にかかわりなく、核兵器やその他の核爆発装置を使用、実験した締約国は、被害者の支援と環境改善の目的のため、被害に遭った締約国に十分な支援を提供する責任を有する。
 ▽第8条(締約国会議)
 一、締約国は、関連の規定に従い本条約の適用や履行、核軍縮のさらなる措置において、検討や必要であれば決定のため、定期的に会合する。これには以下を含む。
 (a)本条約の履行と締約の状況。
 (b)本条約の追加議定書を含め、核兵器計画の検証可能で時間を区切った後戻りしない廃棄のための措置。
 (c)本条約に準拠し、一致したその他の事項。
 二、最初の締約国会議は本条約が発効してから1年以内に国連事務総長によって開かれる。その後の締約国会議は、締約諸国による別の合意がない限り、国連事務総長によって2年ごとに開かれる。締約国会議は最初の会議で手続き規則を採択。採択までの間は、核兵器を禁止するため法的拘束力のある文書を交渉する国連会議における手続き規則を適用。
 三、特別な締約国会議は必要と見なされる場合、締約国全体の少なくとも3分の1の支持がある締約国の書面要請に基づき、国連事務総長が開催する。
 四、本条約が発効して5年の時点で、締約国会議は本条約の運用および本条約の目的達成の進展状況を再検討するため会議を開く。国連事務総長は、締約諸国による別の同意がない限り、その後の同じ目的のための再検討会議を6年ごと開催。
 五、本条約の非締約国ならびに国連システムの関連機関、その他の関連国際機構と機関、地域機構、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、関連の非政府組織は締約国会議や再検討会議にオブザーバーとして招待される。
 ▽第9条(費用)
 一、締約国会議と再検討会議、特別会議の費用は、適宜調整した国連の分担率に従い、締約国および会議にオブザーバーとして参加する非締約国によって負担する。
 二、本条約の第2条の下での申告、第4条の下での報告、第10条の下での改正の通知のために国連事務総長が負う費用は適宜調整した国連分担率に応じて締約国が負う。
 三、第4条の下で求められる検証措置の履行や、核兵器その他の核爆発装置の廃棄、さらに全ての核兵器関連施設の廃棄と転換を含めた核兵器計画の廃棄にかかる費用は、当該の締約国が負う。
 ▽第10条(改正)
 一、締約国は本条約の発効後いつでも改正を提案できる。国連事務総長は提案文書の通知を受け、全締約国に配布し、提案を検討するかどうかの見解を求める。仮に締約国の多数が、提案の配布から90日以内に国連事務総長に対し、提案のさらなる検討を支持する旨を示せば、提案は次に開かれる締約国会議か再検討会議のいずれか早い方で検討される。
 二、締約国会議と再検討会議は締約国の3分の2の多数が賛成票を投じることで採択される改正に合意する。寄託者は採択された改正を全ての締約国に通知する。
 三、改正は、改正事項の批准文書を寄託したそれぞれの締約国に対し、採択時点での締約国の過半数が批准文書を寄託してから90日後に発効する。その他の締約国は改正の批准文書の寄託から90日後の段階で発効する。
 ▽第11条(紛争解決)
 一、本条約の解釈や適用に関し締約国の2カ国間以上で紛争が生じた場合、関係国は交渉や、国連憲章33条に従って締約国の選択によるその他の平和的な手段を通じ、紛争を解決するために協議。
 二、締約国会議は紛争の解決に向け貢献できる。本条約や国連憲章の関連規定に従い、あっせんの提示、関係国が選択する解決に向けた手続きの開始要請や、合意手続きの期限設定の勧告を含む。
 ▽第12条(普遍性)
 締約国は本条約の非締約国に対し、全ての国の普遍的な支持という目標に向け条約の批准、受諾、承認、加盟を促す。
 ▽第13条(署名)
 本条約はニューヨークの国連本部で2017年9月20日、全ての国の署名を受け付ける。
 ▽第14条(批准、受諾、承認、加盟)
 本条約は署名国による批准、受諾、承認を必要とする。本条約は加盟を受け付ける。
 ▽第15条(発効)
 一、本条約は50カ国が批准、受諾、承認、加盟の文書を寄託してから90日後に発効する。
 二、50カ国の寄託が終わった後に批准、受諾、承認、加盟の文書を寄託した国については、その国の寄託から90日後に本条約が発効する。
 ▽第16条(留保)
 本条約の条文は留保を受け付けない。
 ▽第17条(期間と脱退)
 一、本条約は無期限。
 二、締約各国は本条約に関連した事項が最高度の国益を損なうような特別の事態が発生したと判断した場合、国家主権を行使しながら、本条約脱退の権利を有する。寄託者に対し脱退を通告する。上記の通告には最高度の国益が脅かされると見なす特別な事態に関する声明を含める。
 三、上記の脱退は寄託者が通告を受け取ってから12カ月後にのみ効力を発する。しかしながら仮に12カ月の満了時点で、脱退しようとしている国が武力紛争に関わっている場合、その締約国は武力紛争が終結するまで、本条約および付属議定書の義務を負う。
 ▽第18条(別の合意との関係)
 本条約の履行は本条約と一致した義務であれば、締約国が加わる既存の国際合意に関して取る義務に影響を与えない。
 ▽第19条(寄託者)
 国連事務総長は本条約の寄託者である。
 ▽第20条(真正の文面)
 本条約はアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の文面が等しく真正である。






The States Parties to this Treaty,


Determined to contribute to the realization of the purposes and principles of the Charter of the United Nations,

Deeply concerned about the catastrophic humanitarian consequences that would result from any use of nuclear weapons, and recognizing the consequent need to completely eliminate such weapons, which remains the only way to guarantee that nuclear weapons are never used again under any circumstances,

Mindful of the risks posed by the continued existence of nuclear weapons, including from any nuclear-weapon detonation by accident, miscalculation or design, and emphasizing that these risks concern the security of all humanity, and that all States share the responsibility to prevent any use of nuclear weapons,

Cognizant that the catastrophic consequences of nuclear weapons cannot be adequately addressed, transcend national borders, pose grave implications for human survival, the environment, socioeconomic development, the global economy, food security and the health of current and future generations, and have a disproportionate impact on women and girls, including as a result of ionizing radiation,

Acknowledging the ethical imperatives for nuclear disarmament and the urgency of achieving and maintaining a nuclear-weapon-free world, which is a global public good of the highest order, serving both national and collective security interests,

Mindful of the unacceptable suffering of and harm caused to the victims of the use of nuclear weapons (hibakusha), as well as of those affected by the testing of nuclear weapons,

Recognizing the disproportionate impact of nuclear-weapon activities on indigenous peoples,

Reaffirming the need for all States at all times to comply with applicable international law, including international humanitarian law and international human rights law,

Basing themselves on the principles and rules of international humanitarian law, in particular the principle that the right of parties to an armed conflict to choose methods or means of warfare is not unlimited, the rule of distinction, the prohibition against indiscriminate attacks, the rules on proportionality and precautions in attack, the prohibition on the use of weapons of a nature to cause superfluous injury or unnecessary suffering, and the rules for the protection of the natural environment,

Considering that any use of nuclear weapons would be contrary to the rules of international law applicable in armed conflict, in particular the principles and rules of international humanitarian law,

Reaffirming that any use of nuclear weapons would also be abhorrent to the principles of humanity and the dictates of public conscience,

Recalling that, in accordance with the Charter of the United Nations, States must refrain in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any State, or in any other manner inconsistent with the Purposes of the United Nations, and that the establishment and maintenance of international peace and security are to be promoted with the least diversion for armaments of the world’s human and economic resources,

Recalling also the first resolution of the General Assembly of the United Nations, adopted on 24 January 1946, and subsequent resolutions which call for the elimination of nuclear weapons,

Concerned by the slow pace of nuclear disarmament, the continued reliance on nuclear weapons in military and security concepts, doctrines and policies, and the waste of economic and human resources on programmes for the production, maintenance and modernization of nuclear weapons,

Recognizing that a legally binding prohibition of nuclear weapons constitutes an important contribution towards the achievement and maintenance of a world free of nuclear weapons, including the irreversible, verifiable and transparent elimination of nuclear weapons, and determined to act towards that end,

Determined to act with a view to achieving effective progress towards general and complete disarmament under strict and effective international control,

Reaffirming that there exists an obligation to pursue in good faith and bring to a conclusion negotiations leading to nuclear disarmament in all its aspects under strict and effective international control,

Reaffirming also that the full and effective implementation of the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons, which serves as the cornerstone of the nuclear disarmament and non-proliferation regime, has a vital role to play in promoting international peace and security,

Recognizing the vital importance of the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty and its verification regime as a core element of the nuclear disarmament and non-proliferation regime,

Reaffirming the conviction that the establishment of the internationally recognized nuclear-weapon-free zones on the basis of arrangements freely arrived at among the States of the region concerned enhances global and regional peace and security, strengthens the nuclear non-proliferation regime and contributes towards realizing the objective of nuclear disarmament,

Emphasizing that nothing in this Treaty shall be interpreted as affecting the inalienable right of its States Parties to develop research, production and use of nuclear energy for peaceful purposes without discrimination,

Recognizing that the equal, full and effective participation of both women and men is an essential factor for the promotion and attainment of sustainable peace and security, and committed to supporting and strengthening the effective participation of women in nuclear disarmament,

Recognizing also the importance of peace and disarmament education in all its aspects and of raising awareness of the risks and consequences of nuclear weapons for current and future generations, and committed to the dissemination of the principles and norms of this Treaty,

Stressing the role of public conscience in the furthering of the principles of humanity as evidenced by the call for the total elimination of nuclear weapons, and recognizing the efforts to that end undertaken by the United Nations, the International Red Cross and Red Crescent Movement, other international and regional organizations, non-governmental organizations, religious leaders, parliamentarians, academics and the hibakusha,

Have agreed as follows:

Article 1 Prohibitions

1. Each State Party undertakes never under any circumstances to:

(a) Develop, test, produce, manufacture, otherwise acquire, possess or stockpile nuclear weapons or other nuclear explosive devices;

(b) Transfer to any recipient whatsoever nuclear weapons or other nuclear explosive devices or control over such weapons or explosive devices directly or indirectly;

(c) Receive the transfer of or control over nuclear weapons or other nuclear explosive devices directly or indirectly;

(d) Use or threaten to use nuclear weapons or other nuclear explosive devices;

(e) Assist, encourage or induce, in any way, anyone to engage in any activity prohibited to a State Party under this Treaty;

(f) Seek or receive any assistance, in any way, from anyone to engage in any activity prohibited to a State Party under this Treaty;

(g) Allow any stationing, installation or deployment of any nuclear weapons or other nuclear explosive devices in its territory or at any place under its jurisdiction or control.

Article 2 Declarations

1. Each State Party shall submit to the Secretary-General of the United Nations, not later than 30 days after this Treaty enters into force for that State Party, a declaration in which it shall:

(a) Declare whether it owned, possessed or controlled nuclear weapons or nuclear explosive devices and eliminated its nuclear-weapon programme, including the elimination or irreversible conversion of all nuclear-weapons-related facilities, prior to the entry into force of this Treaty for that State Party;

(b) Notwithstanding Article 1 (a), declare whether it owns, possesses or controls any nuclear weapons or other nuclear explosive devices;

(c) Notwithstanding Article 1 (g), declare whether there are any nuclear weapons or other nuclear explosive devices in its territory or in any place under its jurisdiction or control that are owned, possessed or controlled by another State.

2. The Secretary-General of the United Nations shall transmit all such declarations received to the States Parties.

Article 3 Safeguards

1. Each State Party to which Article 4, paragraph 1 or 2, does not apply shall, at a minimum, maintain its International Atomic Energy Agency safeguards obligations in force at the time of entry into force of this Treaty, without prejudice to any additional relevant instruments that it may adopt in the future.


2. Each State Party to which Article 4, paragraph 1 or 2, does not apply that has not yet done so shall conclude with the International Atomic Energy Agency and bring into force a comprehensive safeguards agreement (INFCIRC/153 (Corrected)). Negotiation of such agreement shall commence within 180 days from the entry into force of this Treaty for that State Party. The agreement shall enter into force no later than 18 months from the entry into force of this Treaty for that State Party. Each State Party shall thereafter maintain such obligations, without prejudice to any additional relevant instruments that it may adopt in the future.


Article 4 Towards the total elimination of nuclear weapons


1. Each State Party that after 7 July 2017 owned, possessed or controlled nuclear weapons or other nuclear explosive devices and eliminated its nuclear-weapon programme, including the elimination or irreversible conversion of all nuclear-weapons-related facilities, prior to the entry into force of this Treaty for it, shall cooperate with the competent international authority designated pursuant to paragraph 6 of this Article for the purpose of verifying the irreversible elimination of its nuclear-weapon programme. The competent international authority shall report to the States Parties. Such a State Party shall conclude a safeguards agreement with the International Atomic Energy Agency sufficient to provide credible assurance of the non-diversion of declared nuclear material from peaceful nuclear activities and of the absence of undeclared nuclear material or activities in that State Party as a whole. Negotiation of such agreement shall commence within 180 days from the entry into force of this Treaty for that State Party. The agreement shall enter into force no later than 18 months from the entry into force of this Treaty for that State Party. That State Party shall thereafter, at a minimum, maintain these safeguards obligations, without prejudice to any additional relevant instruments that it may adopt in the future.


2. Notwithstanding Article 1 (a), each State Party that owns, possesses or controls nuclear weapons or other nuclear explosive devices shall immediately remove them from operational status, and destroy them as soon as possible but not later than a deadline to be determined by the first meeting of States Parties, in accordance with a legally binding, time-bound plan for the verified and irreversible elimination of that State Party’s nuclear-weapon programme, including the elimination or irreversible conversion of all nuclear-weapons-related facilities. The State Party, no later than 60 days after the entry into force of this Treaty for that State Party, shall submit this plan to the States Parties or to a competent international authority designated by the States Parties. The plan shall then be negotiated with the competent international authority, which shall submit it to the subsequent meeting of States Parties or review conference, whichever comes first, for approval in accordance with its rules of procedure.


3. A State Party to which paragraph 2 above applies shall conclude a safeguards agreement with the International Atomic Energy Agency sufficient to provide credible assurance of the non-diversion of declared nuclear material from peaceful nuclear activities and of the absence of undeclared nuclear material or activities in the State as a whole. Negotiation of such agreement shall commence no later than the date upon which implementation of the plan referred to in paragraph 2 is completed. The agreement shall enter into force no later than 18 months after the date of initiation of negotiations. That State Party shall thereafter, at a minimum, maintain these safeguards obligations, without prejudice to any additional relevant instruments that it may adopt in the future. Following the entry into force of the agreement referred to in this paragraph, the State Party shall submit to the Secretary-General of the United Nations a final declaration that it has fulfilled its obligations under this Article.


4. Notwithstanding Article 1 (b) and (g), each State Party that has any nuclear weapons or other nuclear explosive devices in its territory or in any place under its jurisdiction or control that are owned, possessed or controlled by another State shall ensure the prompt removal of such weapons, as soon as possible but not later than a deadline to be determined by the first meeting of States Parties. Upon the removal of such weapons or other explosive devices, that State Party shall submit to the Secretary-General of the United Nations a declaration that it has fulfilled its obligations under this Article.


5. Each State Party to which this Article applies shall submit a report to each meeting of States Parties and each review conference on the progress made towards the implementation of its obligations under this Article, until such time as they are fulfilled.


6. The States Parties shall designate a competent international authority or authorities to negotiate and verify the irreversible elimination of nuclear-weapons programmes, including the elimination or irreversible conversion of all nuclear-weapons-related facilities in accordance with paragraphs 1, 2 and 3 of this Article. In the event that such a designation has not been made prior to the entry into force of this Treaty for a State Party to which paragraph 1 or 2 of this Article applies, the Secretary-General of the United Nations shall convene an extraordinary meeting of States Parties to take any decisions that may be required.


Article 5 National implementation


1. Each State Party shall adopt the necessary measures to implement its obligations under this Treaty.


2. Each State Party shall take all appropriate legal, administrative and other measures, including the imposition of penal sanctions, to prevent and suppress any activity prohibited to a State Party under this Treaty undertaken by persons or on territory under its jurisdiction or control.


Article 6 Victim assistance and environmental remediation


1. Each State Party shall, with respect to individuals under its jurisdiction who are affected by the use or testing of nuclear weapons, in accordance with applicable international humanitarian and human rights law, adequately provide age-and gender-sensitive assistance, without discrimination, including medical care, rehabilitation and psychological support, as well as provide for their social and economic inclusion.


2. Each State Party, with respect to areas under its jurisdiction or control contaminated as a result of activities related to the testing or use of nuclear weapons or other nuclear explosive devices, shall take necessary and appropriate measures towards the environmental remediation of areas so contaminated.


3. The obligations under paragraphs 1 and 2 above shall be without prejudice to the duties and obligations of any other States under international law or bilateral agreements.


Article 7 International cooperation and assistance


1. Each State Party shall cooperate with other States Parties to facilitate the implementation of this Treaty.


2. In fulfilling its obligations under this Treaty, each State Party shall have the right to seek and receive assistance, where feasible, from other States Parties.


3. Each State Party in a position to do so shall provide technical, material and financial assistance to States Parties affected by nuclear-weapons use or testing, to further the implementation of this Treaty.


4. Each State Party in a position to do so shall provide assistance for the victims of the use or testing of nuclear weapons or other nuclear explosive devices.


5. Assistance under this Article may be provided, inter alia, through the United Nations system, international, regional or national organizations or institutions, non-governmental organizations or institutions, the International Committee of the Red Cross, the International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies, or national Red Cross and Red Crescent Societies, or on a bilateral basis.


6. Without prejudice to any other duty or obligation that it may have under international law, a State Party that has used or tested nuclear weapons or any other nuclear explosive devices shall have a responsibility to provide adequate assistance to affected States Parties, for the purpose of victim assistance and environmental remediation.


Article 8 Meeting of States Parties


1. The States Parties shall meet regularly in order to consider and, where necessary, take decisions in respect of any matter with regard to the application or implementation of this Treaty, in accordance with its relevant provisions, and on further measures for nuclear disarmament, including:


(a) The implementation and status of this Treaty;


(b) Measures for the verified, time-bound and irreversible elimination of nuclear-weapon programmes, including additional protocols to this Treaty;


(c) Any other matters pursuant to and consistent with the provisions of this Treaty.


2. The first meeting of States Parties shall be convened by the Secretary-General of the United Nations within one year of the entry into force of this Treaty. Further meetings of States Parties shall be convened by the Secretary-General of the United Nations on a biennial basis, unless otherwise agreed by the States Parties. The meeting of States Parties shall adopt its rules of procedure at its first session. Pending their adoption, the rules of procedure of the United Nations conference to negotiate a legally binding instrument to prohibit nuclear weapons, leading towards their total elimination, shall apply.


3. Extraordinary meetings of States Parties shall be convened, as may be deemed necessary, by the Secretary-General of the United Nations, at the written request of any State Party provided that this request is supported by at least one third of the States Parties.


4. After a period of five years following the entry into force of this Treaty, the Secretary-General of the United Nations shall convene a conference to review the operation of the Treaty and the progress in achieving the purposes of the Treaty. The Secretary-General of the United Nations shall convene further review conferences at intervals of six years with the same objective, unless otherwise agreed by the States Parties.


5. States not party to this Treaty, as well as the relevant entities of the United Nations system, other relevant international organizations or institutions, regional organizations, the International Committee of the Red Cross, the International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies and relevant non-governmental organizations, shall be invited to attend the meetings of States Parties and the review conferences as observers.


Article 9 Costs


1. The costs of the meetings of States Parties, the review conferences and the extraordinary meetings of States Parties shall be borne by the States Parties and States not party to this Treaty participating therein as observers, in accordance with the United Nations scale of assessment adjusted appropriately.


2. The costs incurred by the Secretary-General of the United Nations in the circulation of declarations under Article 2, reports under Article 4 and proposed amendments under Article 10 of this Treaty shall be borne by the States Parties in accordance with the United Nations scale of assessment adjusted appropriately.


3. The cost related to the implementation of verification measures required under Article 4 as well as the costs related to the destruction of nuclear weapons or other nuclear explosive devices, and the elimination of nuclear-weapon programmes, including the elimination or conversion of all nuclear-weapons-related facilities, should be borne by the States Parties to which they apply.


Article 10 Amendments


1. At any time after the entry into force of this Treaty, any State Party may propose amendments to the Treaty. The text of a proposed amendment shall be communicated to the Secretary-General of the United Nations, who shall circulate it to all States Parties and shall seek their views on whether to consider the proposal. If a majority of the States Parties notify the Secretary-General of the United Nations no later than 90 days after its circulation that they support further consideration of the proposal, the proposal shall be considered at the next meeting of States Parties or review conference, whichever comes first.


2. A meeting of States Parties or a review conference may agree upon amendments which shall be adopted by a positive vote of a majority of two thirds of the States Parties. The Depositary shall communicate any adopted amendment to all States Parties.


3. The amendment shall enter into force for each State Party that deposits its instrument of ratification or acceptance of the amendment 90 days following the deposit of such instruments of ratification or acceptance by a majority of the States Parties at the time of adoption. Thereafter, it shall enter into force for any other State Party 90 days following the deposit of its instrument of ratification or acceptance of the amendment.


Article 11 Settlement of disputes


1. When a dispute arises between two or more States Parties relating to the interpretation or application of this Treaty, the parties concerned shall consult together with a view to the settlement of the dispute by negotiation or by other peaceful means of the parties’ choice in accordance with Article 33 of the Charter of the United Nations.


2. The meeting of States Parties may contribute to the settlement of the dispute, including by offering its good offices, calling upon the States Parties concerned to start the settlement procedure of their choice and recommending a time limit for any agreed procedure, in accordance with the relevant provisions of this Treaty and the Charter of the United Nations.


Article 12 Universality


Each State Party shall encourage States not party to this Treaty to sign, ratify, accept, approve or accede to the Treaty, with the goal of universal adherence of all States to the Treaty.


Article 13 Signature


This Treaty shall be open for signature to all States at United Nations Headquarters in New York as from 20 September 2017.


Article 14 Ratification, acceptance, approval or accession


This Treaty shall be subject to ratification, acceptance or approval by signatory States. The Treaty shall be open for accession.


Article 15 Entry into force


1. This Treaty shall enter into force 90 days after the fiftieth instrument of ratification, acceptance, approval or accession has been deposited.


2. For any State that deposits its instrument of ratification, acceptance, approval or accession after the date of the deposit of the fiftieth instrument of ratification, acceptance, approval or accession, this Treaty shall enter into force 90 days after the date on which that State has deposited its instrument of ratification, acceptance, approval or accession.


Article 16 Reservations


The Articles of this Treaty shall not be subject to reservations.


Article 17 Duration and withdrawal


1. This Treaty shall be of unlimited duration.


2. Each State Party shall, in exercising its national sovereignty, have the right to withdraw from this Treaty if it decides that extraordinary events related to the subject matter of the Treaty have jeopardized the supreme interests of its country. It shall give notice of such withdrawal to the Depositary. Such notice shall include a statement of the extraordinary events that it regards as having jeopardized its supreme interests.


3. Such withdrawal shall only take effect 12 months after the date of the receipt of the notification of withdrawal by the Depositary. If, however, on the expiry of that 12-month period, the withdrawing State Party is a party to an armed conflict, the State Party shall continue to be bound by the obligations of this Treaty and of any additional protocols until it is no longer party to an armed conflict.


Article 18 Relationship with other agreements


The implementation of this Treaty shall not prejudice obligations undertaken by States Parties with regard to existing international agreements, to which they are party, where those obligations are consistent with the Treaty.


Article 19 Depositary


The Secretary-General of the United Nations is hereby designated as the Depositary of this Treaty.


Article 20 Authentic texts


The Arabic, Chinese, English, French, Russian and Spanish texts of this Treaty shall be equally authentic.






Japanese 【和訳】(詰行)


【前文】
本条約の締約国は、
国連憲章の目的と原則の実現に貢献することを決意。
核兵器の使用によって引き起こされる破局的な人道上の結末を深く懸念し、そのような兵器全廃の重大な必要性を認識、全廃こそがいかなる状況においても核兵器が二度と使われないことを保証する唯一の方法である。
偶発や誤算あるいは意図に基づく核兵器の爆発を含め、核兵器が存在し続けることで生じる危険性に留意。これらの危険性は全人類の安全保障に関わり、全ての国が核兵器の使用防止に向けた責任を共有していることを強調。
核兵器の破局的な結果には十分に対処できない上、国境を越え、人類の生存や環境、社会経済の開発、地球規模の経済、食料安全保障および現在と将来世代の健康に対する深刻な関連性を示し、ならびに電離放射能の結果を含めた母体や少女に対する不釣り合いな影響を認識。
核軍縮ならびに核兵器なき世界の実現および維持の緊急性に対する倫理的責務を認識し、これは国家および集団的な安全保障の利益にかなう最高次元での地球規模の公共の利益である。
核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意。
核兵器に関わる活動で先住民に対する不釣り合いに大きな影響を認識。
全ての国は国際人道法や国際人権法を含め、適用される国際法を常に順守する必要性があることを再確認。
国際人道法の原則や規則を基礎とし、とりわけ武装紛争の当事者が戦時において取り得る方法や手段の権利は無制限ではないという原則、区別の規則、無差別攻撃の禁止、均衡の規則、攻撃の予防措置、過度な負傷や不要な苦痛を引き起こす兵器使用の禁止、自然保護の規則。
いかなる核兵器の使用も武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道法の原則と規則に反していることを考慮。
いかなる核兵器の使用も人間性の原則や公共の良心の指図に反することを考慮。
各国は国連憲章に基づき、国際関係においていかなる国の領土の一体性や政治的独立、あるいはその他の国連の目的にそぐわない形での武力による威嚇や使用を抑制すべき点を想起し、さらに国際平和と安全の確立と維持は世界の人的、経済的資源を極力軍備に回さないことで促進される点を想起。
1946年1月24日に採択された国連総会の最初の決議ならびに核兵器の廃棄を求めるその後の決議を想起。
核軍縮の遅い歩みに加え、軍事や安全保障上の概念や教義、政策における核兵器への継続的依存、ならびに核兵器の生産や維持、現代化の計画に対する経済的、人的資源の浪費を懸念。
核兵器について後戻りせず、検証可能で透明性のある廃棄を含め、核兵器の法的拘束力を持った禁止は核兵器なき世界の実現と維持に向けて重要な貢献となる点を認識し、その実現に向けて行動することを決意。
厳密かつ効果的な国際管理の下、総合的かつ完全な軍縮に向けた効果的な進展の実現を視野に行動することを決意。
厳密かつ効果的な国際管理の下での核軍縮のための交渉を誠実に追求し、結論を出す義務があることを再確認。
核軍縮と不拡散体制の礎石である核拡散防止条約の完全かつ効果的な履行は国際平和と安全を促進する上で極めて重要な役割を有する点を再確認。
核軍縮と不拡散体制の核心的要素として、包括的核実験禁止条約とその検証体制の不可欠な重要性を再確認。
国際的に認知されている非核地帯は関係する国々の間における自由な取り決めを基に創設され、地球規模および地域の平和と安全を強化している点、ならびに核不拡散体制を強化し、さらに核軍縮の目標実現に向け貢献している点を再確認。
本条約は、締約諸国が一切の差別なく平和目的での核エネルギーの研究と生産、使用を進めるという譲れない権利に悪影響を及ぼすとは解釈されないことを強調。
平等かつ完全で効果的な女性と男性双方の参加は持続性ある平和と安全の促進・達成の重要な要素であり、核軍縮における女性の効果的な参加の支持と強化に取り組むことを再確認。
あらゆる側面における平和と軍縮教育、ならびに現代および将来世代における核兵器の危険性と結果を認知する重要性を認識し、さらに本条約の原則と規範の普及に向けて取り組む。
核兵器廃絶への呼び掛けでも明らかなように人間性の原則の推進における公共の良心の役割を強調し、国連や赤十字国際委員会、その他の国際・地域の機構、非政府組織、宗教指導者、国会議員、学界ならびにヒバクシャによる目標達成への努力を認識。
以下のように合意。

【本文】
第1条(禁止)
一、締約国はいかなる状況においても以下を実施しない。
(a)核兵器あるいはその他の核爆発装置の開発、実験、製造、生産、あるいは獲得、保有、貯蔵。
(b)直接、間接を問わず核兵器およびその他の核爆発装置の移譲、あるいはそうした兵器の管理の移譲。
(c)直接、間接を問わず、核兵器あるいはその他の核爆発装置、もしくはそれらの管理の移譲受け入れ。
(d)核兵器もしくはその他の核爆発装置の使用、あるいは使用するとの威嚇。
(e)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かを支援、奨励、勧誘すること。
(f)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かに支援を要請し、受け入れること。
(g)領内あるいは管轄・支配が及ぶ場所において、核兵器やその他の核爆発装置の配備、導入、展開の容認。
▽第2条(申告)
一、締約各国は本条約が発効してから30日以内に国連事務総長に対し以下の申告を提出。
(a)本条約の発効前に核兵器あるいは核爆発装置を所有、保有、管理していたかどうかや、核兵器計画については核兵器関連の全ての施設を廃棄もしくは後戻りしない形で転換したかどうかを含めた廃棄の申告。
(b)第1条(a)にもかかわらず、核兵器もしくは核爆発装置を所有、保有、管理していたかどうかの申告。
(c)第1条(g)にもかかわらず、領内やその他の管轄・支配している場所において、他国が所有、保有、管理する核兵器やその他の核爆発装置があるかどうかの申告。
二、国連事務総長は受領した全ての申告を締約諸国に送付。
▽第3条(保障措置)
一、第4条の一項、二項に当てはまらない各締約国は最低限でも、将来採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、本条約が発効した段階で国際原子力機関の保障措置上の義務を守る。
二、第4条の一項、二項に当てはまらず、国際原子力機関と包括的保障措置協定を締結していない締約国は、包括的保障措置協定について合意し、発効させる。協定の交渉はその締約国について本条約が発効してから180日以内に開始。協定はその締約国の本条約発効から18カ月以内に発効。それゆえ各締約国は将来において採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、義務を守る。
▽第4条(核兵器の全廃に向けて)
一、2017年7月7日以降に核兵器もしくは核爆発装置を所有、保有、管理し、また本条約の発効前に全ての核兵器関連施設の廃棄もしくは後戻りしない形での転換を含め核兵器計画を廃棄した締約国は、核兵器計画が後戻りしない形で廃棄されたことを検証する目的のため、第4条の六項で指定する法的権限のある国際機関と協力。その機関は締約諸国に報告。そうした締約国は申告済みの核物質が平和的な核活動から転用されていないことやその国全体で未申告の核物質・核活動がないことについて信頼に足る確証を与えるため、国際原子力機関と保障措置協定を締結。協定の交渉はその締約国について本条約が発効してから180日以内に開始。協定はその締約国の本条約発効から18カ月以内に発効。それゆえ各締約国は将来において採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、これら保障措置の義務を守る。
二、第1条(a)にもかかわらず、核兵器やその他の核爆発装置を所有、保有、管理する締約国は、それらを直ちに核兵器システムの稼働状態から取り外し、破壊する。これは、全ての核兵器関連施設の廃棄もしくは後戻りしない形での転換を含め、検証可能かつ後戻りしない形での核兵器計画廃棄のため、法的拘束力があり時間を区切った計画に沿ってできるだけ速やかに、ただ締約諸国の最初の会議で決めた締め切りより遅れてはいけない。その締約国は本条約がその国で発効してから60日以内に、本計画を締約諸国や締約諸国が指定した法的権限のある国際機関に提出。本計画は法的権限のある国際機関と協議される。国際機関は手続き規則に従って承認を得るため、その後の締約国会議か再検討会議かいずれか早い方に本計画を提出。
三、上記二項に当てはまる締約国は、申告済みの核物質が平和的な核活動から転用されていないことやその国全体で未申告の核物質・核活動がないことについて信頼に足る確証を与えるため、国際原子力機関と保障措置協定を締結。協定の交渉は二項で言及した本計画の履行が完了する日までに開始。協定は交渉開始から18カ月以内に発効。それゆえ締約国は最低限、将来において採択される可能性がある追加の関連文書にかかわらず、これら保障措置の義務を守る。三項で言及された協定の発効後、その締約国は国連事務総長に第4条での義務を遂行したとの申告を提出。
四、第1条(b)(g)にもかかわらず、領内やその他の管轄・支配している場所において、他国が所有、保有、管理する核兵器やその他の核爆発装置がある締約国は、それら兵器についてできるだけ速やかに、ただ締約国の最初の会議で決めた締め切りより遅れることなく、迅速な撤去を確実にする。そうした兵器と爆発装置の撤去に関し、締約国は国連事務総長に第4条の義務を遂行したとの申告を提出。
五、第4条が当てはまる締約国は、第4条での義務履行を遂行するまで、締約国会議と再検討会議に進展状況の報告書を提出。
六、締約諸国は核兵器計画の後戻りしない形での廃棄のための交渉と検証のため、法的権限のある国際機関を指定。検証には第4条の一項、二項、三項に従って、全ての核兵器関連施設の廃棄や後戻りしない形での転換を含む。第4条の一項、二項が当てはまる締約国に対する本条約の発効前に上記の指定が済んでいない場合、国連事務総長は必要な決定のため締約国の特別な会議を開催。
▽第5条(国家の履行)
一、締約国は本条約の義務履行のために必要な措置を導入する。
二、締約各国は、個人またはその管轄・支配にある区域で行われる本条約の禁止行為を防止し抑制するため、刑事罰の強制を含め、全ての適切な法律上、行政上あるいはそれ以外の措置を導入。
▽第6条(被害者支援と環境改善)
一、締約各国は、核兵器の使用や実験に伴って悪影響を受けた管轄下の個人に関し、国際人道・人権法に従って、医療ケアやリハビリ、心理的な支援を含め、年齢や性別に適した支援を十分に提供。社会的、経済的な面についても同様。
二、締約国は管轄・支配下の地域が核兵器の実験や使用に関連する活動の結果、汚染された場合、汚染地域の環境改善に向け必要かつ適当な措置を受け取る。
三、上記一項、二項の義務は国際法や2国間の取り決めの下で負う他の国の責務や義務には関係しない。
▽第7条(国際協力と支援)
一、締約各国は本条約の履行を促進するため、他の締約国と協力。
二、本条約の義務を履行するに当たり、締約各国は他の締約国から、それが実行可能なら支援を求め、受け取る権利がある。
三、それが可能な締約国は、本条約の履行促進のため、核兵器の使用や実験で悪影響を受けた締約国に技術的、物質的、財政的な支援を与える。
四、それが可能な締約国は核兵器その他の爆発装置の使用と実験に伴う被害者に対する支援を与える。
五、第7条の下での支援は、とりわけ国連機構、国際あるいは地域、各国の機構や機関、非政府の機構や機関、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、各国の赤十字・赤新月社、または2国間の枠組みで提供される。
六、国際法でのその他の責務や義務にかかわりなく、核兵器やその他の核爆発装置を使用、実験した締約国は、被害者の支援と環境改善の目的のため、被害に遭った締約国に十分な支援を提供する責任を有する。
▽第8条(締約国会議)
一、締約国は、関連の規定に従い本条約の適用や履行、核軍縮のさらなる措置において、検討や必要であれば決定のため、定期的に会合する。これには以下を含む。
(a)本条約の履行と締約の状況。
(b)本条約の追加議定書を含め、核兵器計画の検証可能で時間を区切った後戻りしない廃棄のための措置。
(c)本条約に準拠し、一致したその他の事項。
二、最初の締約国会議は本条約が発効してから1年以内に国連事務総長によって開かれる。その後の締約国会議は、締約諸国による別の合意がない限り、国連事務総長によって2年ごとに開かれる。締約国会議は最初の会議で手続き規則を採択。採択までの間は、核兵器を禁止するため法的拘束力のある文書を交渉する国連会議における手続き規則を適用。
三、特別な締約国会議は必要と見なされる場合、締約国全体の少なくとも3分の1の支持がある締約国の書面要請に基づき、国連事務総長が開催する。
四、本条約が発効して5年の時点で、締約国会議は本条約の運用および本条約の目的達成の進展状況を再検討するため会議を開く。国連事務総長は、締約諸国による別の同意がない限り、その後の同じ目的のための再検討会議を6年ごと開催。
五、本条約の非締約国ならびに国連システムの関連機関、その他の関連国際機構と機関、地域機構、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟、関連の非政府組織は締約国会議や再検討会議にオブザーバーとして招待される。
▽第9条(費用)
一、締約国会議と再検討会議、特別会議の費用は、適宜調整した国連の分担率に従い、締約国および会議にオブザーバーとして参加する非締約国によって負担する。
二、本条約の第2条の下での申告、第4条の下での報告、第10条の下での改正の通知のために国連事務総長が負う費用は適宜調整した国連分担率に応じて締約国が負う。
三、第4条の下で求められる検証措置の履行や、核兵器その他の核爆発装置の廃棄、さらに全ての核兵器関連施設の廃棄と転換を含めた核兵器計画の廃棄にかかる費用は、当該の締約国が負う。
▽第10条(改正)
一、締約国は本条約の発効後いつでも改正を提案できる。国連事務総長は提案文書の通知を受け、全締約国に配布し、提案を検討するかどうかの見解を求める。仮に締約国の多数が、提案の配布から90日以内に国連事務総長に対し、提案のさらなる検討を支持する旨を示せば、提案は次に開かれる締約国会議か再検討会議のいずれか早い方で検討される。
二、締約国会議と再検討会議は締約国の3分の2の多数が賛成票を投じることで採択される改正に合意する。寄託者は採択された改正を全ての締約国に通知する。
三、改正は、改正事項の批准文書を寄託したそれぞれの締約国に対し、採択時点での締約国の過半数が批准文書を寄託してから90日後に発効する。その他の締約国は改正の批准文書の寄託から90日後の段階で発効する。
▽第11条(紛争解決)
一、本条約の解釈や適用に関し締約国の2カ国間以上で紛争が生じた場合、関係国は交渉や、国連憲章33条に従って締約国の選択によるその他の平和的な手段を通じ、紛争を解決するために協議。
二、締約国会議は紛争の解決に向け貢献できる。本条約や国連憲章の関連規定に従い、あっせんの提示、関係国が選択する解決に向けた手続きの開始要請や、合意手続きの期限設定の勧告を含む。
▽第12条(普遍性)
締約国は本条約の非締約国に対し、全ての国の普遍的な支持という目標に向け条約の批准、受諾、承認、加盟を促す。
▽第13条(署名)
本条約はニューヨークの国連本部で2017年9月20日、全ての国の署名を受け付ける。
▽第14条(批准、受諾、承認、加盟)
本条約は署名国による批准、受諾、承認を必要とする。本条約は加盟を受け付ける。
▽第15条(発効)
一、本条約は50カ国が批准、受諾、承認、加盟の文書を寄託してから90日後に発効する。
二、50カ国の寄託が終わった後に批准、受諾、承認、加盟の文書を寄託した国については、その国の寄託から90日後に本条約が発効する。
▽第16条(留保)
本条約の条文は留保を受け付けない。
▽第17条(期間と脱退)
一、本条約は無期限。
二、締約各国は本条約に関連した事項が最高度の国益を損なうような特別の事態が発生したと判断した場合、国家主権を行使しながら、本条約脱退の権利を有する。寄託者に対し脱退を通告する。上記の通告には最高度の国益が脅かされると見なす特別な事態に関する声明を含める。
三、上記の脱退は寄託者が通告を受け取ってから12カ月後にのみ効力を発する。しかしながら仮に12カ月の満了時点で、脱退しようとしている国が武力紛争に関わっている場合、その締約国は武力紛争が終結するまで、本条約および付属議定書の義務を負う。
▽第18条(別の合意との関係)
本条約の履行は本条約と一致した義務であれば、締約国が加わる既存の国際合意に関して取る義務に影響を与えない。
▽第19条(寄託者)
国連事務総長は本条約の寄託者である。
▽第20条(真正の文面)
本条約はアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の文面が等しく真正である。





2017年7月6日木曜日

芝田 進午「被爆者援護法―もうひとつの法理」(要約)




広島・長崎への原爆投下の目的
(① 戦後世界でのアメリカの覇権確立、② 原爆の効果を知るための「人体実験」)
に従って米国が行ったことは、原爆報道の禁止、情報独占、

③ 被害者の治癒方法の発表・交流の禁止、資料没収、日本政府に国際赤十字からの医薬品支援申し出を拒否させること、
④ 被爆者の「観察」のためのABCC設置、であった。

他方、日本政府が行ったことは、
① 米軍の政策に協力し、広島・長崎の救護病院を2か月後に解散、
② 米軍命令で設置された厚生省の国立予防衛生研究所(予研)に731部隊に協力していた医学者多数を集め、ABCCと一体になって「追跡調査」に加担させた。

こうして獲得された情報は日本国民には公開されず、米国防総省、米原子力委員会(後にエネルギー省)だけに報告され、核兵器の改良に利用された。

予研の協力は占領後、ABCC改組の1975年まで28年間続いた。改組後の放射線影響研究所においても、その基本性格は変わっていない。

被爆者の身体的・精神的苦しみは、米軍と日本政府の戦後の被爆者放置政策と、ABCC=予研による被爆者の「人間の尊厳」感情の蹂躙によりさらに深刻化した。

こうした政府による被爆者の戦後の加害責任を想起するだけでも、「国家補償」に基づく被爆者援護法の必要は自明である。

芝田進午氏(社会学)による指摘(1994年当時)




小島三郎
戦時中は陸軍1644細菌戦実行部隊研究班(人体実験部隊)に所属。
1947年に国立予防衛生研究所、初代副所長。1954~58年、予研第二代所長に就任。


「(被爆者)調査の結果は、来るべき平和な原子力時代だけでなく、戦時においても人類の福祉の保護に大きな貢献をすると期待される。それ故われわれは全人類の利益のために、
この問題を解決する好機を逃すべきでないということは、等しく識者の考えたところである」 





加藤哲郎(講演記録)
「731部隊の隠蔽・免責・復権」



相良カヨ「被爆者とABCC」

2017年7月5日水曜日

広島市議会 (第5回12月定例会)1994年12月12日-03号




○副議長(神明政三君) 休憩前に引き続き会議を開き,一般質問を行います。 15番皆川恵史君。 〔15番皆川恵史君登壇〕(拍手) ◆15番(皆川恵史君) 日本共産党市会議員団を代表して一般質問を行います。

(中略)・・・

最後に,平和問題についてお伺いしたいと思います。 最近のアメリカ本国での相次ぐ原爆投下正当化発言や日本政府による侵略戦争美化発言に対して,戦争や被爆の実相を絶対に風化させてはならないという思いを,私は強くしております。被爆50周年を迎えるに当たり,私は次の三つの問題を挙げて質問いたします。 広島への原爆投下は人類だけでなく,万物絶滅に至る最初の犯罪でありました。第1の問題は,だれが何のためにこうした行為を行ったのかということであります。原爆を投下したのはアメリカです。その目的は,第1に,原爆の威力を誇示して,戦後世界の主導権を握るため。第2に,来るべき核戦争に備えるため。さらに,強固な核爆弾の開発と大量の人体実験を行うためでした。この後者の目的遂行のために,アメリカが8月末に日本に上陸して直ちにやろうとしたことは,実験対象にした被爆者を放置して観察することでありました。治療をすると実験対象としての価値はなくなるからであります。そこで,彼らはうめき苦しんでいる被爆者を放置して観察しやすくして,データを収集することを意図したのであります。当時,被爆者の治療に当たっていた陸軍病院宇品分院を閉鎖をして,マルセル・ジュノー博士が国際的な救援を要請するために国際赤十字本社に電報を打つことを妨害をしました。この電報は遂に打電をされませんでした。治療に当たっていた日本の医師や研究者から,情報交換と研究発表の場を取り上げました。 そして,9月6日には原爆投下から1カ月後に米軍のファーレル准将,この人はマンハッタン計画の副責任者であります。このファーレル准将は東京で記者会見をして,広島,長崎で死ぬべき被爆者は全部死んだ,原爆で苦しんでいる被爆者は現在一人もいない,このように発表をして,翌日から外国特派員の広島,長崎への立ち入りを禁止をしたのであります。さらに,9月19日にはプレスコードをしいて,一切の原爆報道を禁止したのであります。その年の10月にイタリアで開かれる予定であった国際医師会議の場で,日本人医師が原爆被害について報告をすることもアメリカの圧力で突然直前に開催が中止され,やみに葬られたのであります。 このようにして,この広島と長崎は国内からも国際的にも完全に隔離されてしまいました。この隔離状況のもとで何の救援の手も差し伸べられずに,9月に入っても毎日数百人ずつが,次々と息を引き取っていったのであります。アメリカが報道されるのを一番恐れていたのは,この事実。つまり,被爆後1カ月を過ぎた今も1日で100人の割合で死んでいる,こういう事実こそが原爆が国際法違反であることを最も端的に証明するからでありました。もし,当時被爆地の惨状が全世界に正しく伝わり,国際的救援が行われていたならば,恐らく数万の命が助かっていたでありましょう。真相を隠ぺいしたアメリカ政府と,それに何ら抵抗せず天皇制を存続させることだけにきゅうきゅうとしていた日本政府の放置責任が今,改めて問われるべきであります。原爆による惨状の第一報を世界に発したイギリスのバーゼット記者は,この点について広島の事実を軽視するための何らかの協定が実際に存在するものと考えない限り,このことは理解ができないと,このように述べております。同時に,日本のジャーナリズムの中で当時イギリスのこのバーゼット記者のような勇気ある行動がなぜ生まれなかったのか,私たちは歴史の教訓とすべきであります。 第2に,私が強調したいことは放射能の長期的影響が予想されたため,アメリカが広島に設置したABCCの犯罪的行為についてであります。 50年を経た今日,なお被爆者が多くを語りたがらないという,このABCCで一体何が行われたのか。ある人は「加害者への怒り」という手記でこう書いています。ある日,突然,縁なし眼鏡の二世がジープとともにやってきた。そして,血をとるだけだと言った。私は血は上げたくないと断った。すると,その二世は,あなたそんなことを言っていいのですか。軍法会議に回ってもいいのですかと,このように言った。これ以上断れば,本当に軍法会議に回されるかもしれないという恐怖心だけが残った。そして,あした一人で行くからと答えていた。ABCCは,このように嫌がる被爆者を恫喝して,無理やり施設に引っ張っていったのであります。そのほか担任の先生に言われて,病院の先生に勧められるとか,当時学校や病院などに広範な協力網が敷かれていました。市役所も戸籍や死亡調査に全面的に協力させられ,当時の社会課にはABCCの分室まで置かれていました。 ABCCに連れていかれると,まず何をされたか。当時中学生だった人は,こう語っています。レントゲンをとり,その後で壁にグラフ黒板のような目盛りが書いてある部屋で,全裸で正面と側面から全身の写真を撮られました。この屈辱的な仕打ちは,一生忘れることができません。この調査はABCCによると被爆地の被爆児の成長,発育に関する調査で,まず標準姿勢のもとで撮られた3方向の裸体写真で,その目的はA,体格の測定,外形,肥満,筋肉発育,B,性的成熟,乳房の発達,性器の大きさ,体毛の分布などを調べるためのものです。当時,晩発性の障害があらわれ始め,体力を消耗していた被爆者にとって,治療もされない上に,このような屈辱的な調査が,どんなに人間としての尊厳と生きる勇気を奪ったことでありましょう。 被爆者が死ぬと,彼らはハゲタカのようにあらわれて,遺族に解剖を迫り,火葬前の遺体を持ち出して臓器を奪いました。これらの臓器は,すべてホルマリンに入れられて本国に送られました。こうして被爆者は原爆で殺された後も,次の核戦争のために利用されたのであります。この被爆者への追跡調査は,今なお放影研となった今も続いております。 第3に,私はABCCによるこうした調査に協力加担した国立予防衛生研究所,厚生省並びに日本政府の責任は重大だと思います。トルーマン大統領の命令でABCCが設置され,広島で活動を開始したのは,昭和22年3月でした。国立予防衛生研究所が設立されたのは同年の5月,そして,このABCC内に予研の支所を設置したのは翌23年8月であります。ABCC設置からわずか1年半後に,日米の合同調査はスタートしたのであります。予研の広島・長崎支所は原子爆弾影響研究所とも称し,設立5年目で人数は約50名,大半が医師の資格を持つ厚生技官です。こうして予研は昭和50年3月まで,実に27年間にわたりABCCの目的に奉仕しました。もし,予研の協力がなかったらABCCはその反人道的目的を遂行できなかったでしょう。予研も厚生省も占領下の強制によって,仕方なく協力させられたのでしょうか。そうではなかったことが,当時の資料から浮き彫りになっています。最近発見された資料の中に,当時厚生省がこの合同調査を行うに当たって,GHQに提出した原爆障害調査計画書案には,次のような驚くべきことが書いてあります。調査の結果,来るべき平和な原子力時代だけでなく,戦時においても人類の福祉の保護に大きな貢献をすると期待される,それゆえ我々は全人類の利益のために,この問題を解決する好機を逸すべきでない。戦時においてもというのは,次の核戦争を想定していることは明らかであります。次の核戦争が行われたときのために,この好機を逃すべきではないと,このように厚生省が言っているのであります。 当時の予研の年報にも,この好機を逸すべきではないと,所長の言葉が載っております。治療援護の観点が全く欠落しているだけでなく,調査研究の実験対象としか見ていない点で,アメリカの見方と共通をしています。当時,日本政府がこの予研支所の開設に充てた予算,2年間で1億1,000万円が,もし被爆者の治療のための病院開設や医薬品の購入に充てられていたならば,どれだけ多くの命が助かっていたことでしょう。 この国立予防衛生研究所は,昭和22年5月にGHQの政令54号によって,東大伝染病研究所より分離設立された機関です。東大伝研と言えば,戦時中,陸軍軍医学校とともに「悪魔の飽食」で有名な七三一部隊などに細菌戦のための大量の研究者や病原体,化学技術情報を全力を挙げて提供していた研究所であります。当時,満州で中国人やロシア人を使って残虐な人体実験を行っていた七三一部隊の石井四郎中将以下の軍医たちは,終戦後アメリカ政府との取り引きで,その研究成果を米軍に渡すのと引きかえに,極東裁判にもかけられず,戦犯を免責されたのは有名な話であります。 私は,最近,国立公文書館にある米軍返還資料の中から,米軍が持ち帰った貴重な七三一部隊の研究成果の一部を見つけて複写をしてまいりました。これがそれです。この論文は「凍傷について」と,こういう表題で,昭和16年10月26日満州ハルピンの学会で発表された第七三一部隊陸軍医師Y・H氏の学術論文であります。戦後,ハバロフスク裁判で,この凍傷実験に立ち会った証人は,次のように証言しています。 私が監獄の実験室に立ち寄りましたとき,そこには長いすに5人の中国人の被実験者が座っていましたが,これらの中国人のうち2人には指が全く欠け,彼らの手は黒くなっていましたし,3人の手には骨が見えていました。指はあるにはありましたが,骨だけが残っていました。Y・H氏は,厳寒マイナス30度にもなる戸外に,これらマルタを連れ出し,また生まれて3カ月の赤ちゃんにも凍傷実験を行ったのであります。実に,恐ろしい話です。戦犯を免責されたこれらの軍医たちは,その後部隊で行ったことを絶対に口外しないことを誓って,全国の大学や研究所などに散っていったのですが,その後,彼らが年に1回集まる親睦会「精魂会」の名簿を見ると,副知事,大学の学長,大学教授,病院長,研究所長,研究所教授等の肩書がずらりと並んでおります。いずれも部隊で中心的役割を果たしていた人物ばかりです。この人たちが,いかに戦後,日本の医学会で影響力の大きい地位を得ているか,一目瞭然であります。 話はもとに戻りますが,米軍は七三一部隊の研究成果をひとり占めするだけでなく,東大伝研まで接収しようとしますが,これは抵抗に遭って成功しませんでした。そこで,GHQは伝研を分離して,予研を設立するのですが,その設立に当たり,七三一部隊などの軍医や研究者が相当数,予研に採用されました。判明しているだけでも,創立以来,昭和56年までの7人の所長のうちの6人,副所長も7人のうち4人,さらに微生物部,病理部,製剤検定部など,初期の各部長の大多数を占めています。この予研の設立の目的は,占領軍の公衆衛生政策への協力,伝染病予防の研究,ワクチンの検定などでしたが,別のもう一つの顔として,その前年に相模原市に設置されたアジアにおける米軍の細菌戦研究所第406部隊に協力することと,同じく2カ月前に設置されたABCCの日本側下請機関となることでした。ABCCの所長はずっとアメリカの軍人で,4代目所長のホームズ大佐は引き続き米軍406部隊長に昇任しています。アメリカにとっては,ABCCも細菌戦部隊も同系統の米軍施設であったことがわかります。 日本側について言うと,ABCCの日本側諮問委員会の委員長は,歴代予研の所長が兼ねて,所長室で再々会議を持っていたことが記録に残っております。当時,ABCCでは年に数回,ドクターを相手に記念講演が行われていましたが,その中に先ほど紹介した凍傷実験をやったY・H氏も講師として生化学の立場で記念講演を行っているのであります。ついでに触れておきますと,予研が毎年発行している予研年報というのがありますが,ここにはワクチン開発のため,当時各地で人体実験や野外実験を行ったことが誇らしげにはっきりと書かれており,戦前の人体実験に対する反省がみじんも見られず,背筋が寒くなる思いです。 以上を踏まえてお伺いしますが,第1に,ABCCも放影研も,そして予研も自分たちのやってきたことを何一つ反省しておりません。過去を明らかにせずして,どうして平和機関になり得るのか,この点で市長は市民にとって,これらの機関がどういう存在であったと思っておられるのか。 第2に,移転をめぐって揺れ動いている今こそ,放影研を米エネルギー省のひもつきでなく,日本の機関にするよう強く働きかける必要があると思いますが,いかがですか。 第3に,去る11月18日,国連総会で国際司法裁判所に核兵器の違法性についての判断を問う決議が可決されましたが,日本政府は違法性を問えば,各国間の対立を助長すると言って,これに棄権をしました。1961年からことし11月までに国連に上程された23本の核兵器不使用条約に関する決議のうち,日本は何と22本に棄権または反対を繰り返しています。これでは村山政府も,政権も含めて,被爆国の政府の資格はありません。 市長は,こうした態度に厳重に抗議すべきではないでしょうか。 第4に,この司法裁判所に意見陳述をする全国連加盟国に対して,平和連帯都市市長会議の名で,原爆は国際法違反の立場を明確にするよう要請してはいかがでしょうか。 第5に,被爆者援護法はついに国家補償の理念が明記されませんでしたが,少なくとも現行施策を改善するものであり,我が党は条件をつけて政府案にも改革案にも賛成し,引き続き国家補償の援護法に改正をさせるため奮闘するものであります。援護法に対する市長の見解と今後の取り組みについてお伺いします。 最後に,私はABCCと予研,米軍406部隊と七三一部隊について述べました。両者を結びつけるキーワードは人体実験と戦争への無反省であります。戦争は国家の行為であり,個人の責任に還元することはできません。しかし,戦争の遂行に決断を下し,残虐行為を指導した者の責任を問わずして,どうして戦争への真の反省が生まれてくるでしょうか。西ドイツやフランスが,今も戦争犯罪をあいまいにしていないのは,そのことが現在の問題に通じているからにほかなりません。戦後,広島がたどった歴史を今,光を当てることは,そのことが今の私たちにとって大切なことだからと,この思いを強くいたしております。このことを述べまして,私の質問を終わります。ありがとうございました。(拍手)


○副議長(神明政三君) 市長。 〔市長平岡 敬君登壇〕 ◎市長(平岡敬君)
まず初めに,政治の要諦は民生にありと,こういう政治理念をどう受けとめておるかと,こういうお尋ねでございます。まさしく,政治の要諦は民生の安定にあるわけでありまして,私たちが都市基盤を整備するととにも,社会的な支援を要する人々には温かい施策を展開しているのも,すべて幸せな市民生活を支えるためでございます。私たちが物事を見ていく場合に,特に社会を見ていく場合に,鳥の目と虫の目の両方で見る。つまり複眼で見なければならないということがよく言われます。今回,発表いたしましたビジョンは,新しい時代に向けて,さらなる都市の発展を図るために,都市イメージの形成をどうする,行動目標の設定,時代の潮流に対応しながら,地域課題にこたえるリーディングプロジェクトを盛り込んだ長期的かつ戦略的な都市経営型のビジョンでございます。いわば鳥の目でつくっているわけであります。 例示で御指摘がありました入院患者の負担金,あるいは市営住宅への入居,ごみ埋め立てなどの諸問題につきましては,現に日々発生する行政執行上の問題でありまして,これらの問題はそれぞれ関係法令に基づく行政手続や市議会の審議の動向,地元の多数の意向などを踏まえて対応していくべきものと,このように考えております。 次に,国際司法裁の問題で,国連での核兵器の不使用条約の決議に日本政府は棄権,反対を繰り返しておると,これでは被爆政府の資格はないので,被爆地の市長として厳重に抗議すべきではないかと,同時に平和連帯都市市長会議の名で,原爆は国際法違反である立場を明確にするよう要請してはどうかと,こういうお尋ねでございました。 国際司法裁判所における核兵器使用の違法性に関する審議についてでございますけれども,去る9月9日,広島・長崎から直接,同裁判所へ核兵器使用の違法性を訴えるために,私と長崎市長の連名で,国際司法裁判所の審議に際し,広島・長崎の体験を知っていただくために,広島・長崎の被爆者及び両市長に陳述の機会を与えてほしいと,こういう旨の書簡を同裁判所長へ提出いたしました。この書簡に対しまして,残念ながら国際司法裁判所にはそうしたことを受け入れる規定がないと,こういう返書が10月17日に私あてに届けられております。 また,この10月には世界平和連帯都市市長会議の賛同都市に対しまして,機関紙ニューズレターを通じて,核兵器の使用が国際法違反であるとする国際司法裁判所の勧告的意見が出されるよう,各都市が自国政府や国際司法裁判所に対して,それぞれの立場で積極的な取り組みを推進してほしいと呼びかけたところであります。 本市としては,今後とも同裁判所に対しまして,本市や長崎市の体験をもとに,核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を願う広島・長崎の思いを伝えるよう,その方策についていろいろ検討するとともに,あらゆる機会をとらえて国際世論の形成に努めていきたいと思っております。 また,国連での日本政府の態度に抗議したらどうかということでありますが,核拡散防止条約の改定や核兵器使用の違法性に関する問題につきましては,ことしの平和宣言でも本市の意思を明確に表明しておりまして,日本政府の考えと異なっていることは事実であります。本市としては,今後ともこうしたヒロシマの心を政府に対して粘り強く訴えて,理解を求めていきたいと,このように考えているところでございます。 その他の質問につきましては,関係局長が御答弁いたします。


◎衛生局長(上田博三君)
2点お答えいたします。 まず,ABCCが被爆者と広島市民にとってどういう存在であったかと思っているか,また放影研の日本移管を強く働きかけるべきではないかという問いでございますが,議員の指摘されたようなABCC等の行為については直接把握はしてませんが,当時は我が国が敗戦,占領,講和と続いていく特殊な歴史状況下にあったこともあり,データの収集のため,被爆者の心情に対して配慮が欠けたり,行き過ぎがあったこともあったものと思います。 ABCCについては,設立後,40年代に入りまして,昭和47年の3月の衆議院社会労働委員会決議,同年1月の広島医療関係者によるABCC再編成に関する意見及び本市議会からのABCCに関する意見書など,各方面からの要請によってABCC再編の機運は高まったところであります。そして,現在の財団法人放射線影響研究所は,昭和50年4月に日米両国政府の合意により,日本国内法に基づく公益法人として発足したものでございます。今日,放影研は被爆者の健康保持及び福祉に貢献するとともに,人類の保健の向上に寄与するという平和的目的のもとに放射線の人体に及ぼす影響等の調査研究を行っており,その研究成果は業績報告書等を通じて広く内外に公開され,世界的に高い評価を受けているところでございます。 一方,昭和24年7月のABCC研究施設の比治山への建設に当たりましては,占領下において強行されたという経緯があり,市内適地への移転が全市民的宿願であり,これまで放影研の移転の実現を要望してきたところであります。現在,放影研の移転を含めた運営問題にかかわる協議が日米両国政府間で行われているところであり,本市としては協議がよりよい方向に進展することを希望するとともに,厚生省等関係機関に対し引き続き要望を続ける考えであり,現時点では放影研の日本移管については考えておりません。 続きまして,被爆者援護法問題ということで,援護法に関してどうかという問いでございますが,被爆者援護法の制定につきましては12月9日,政府提案による「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」が可決・成立したところであります。9日の本会議において市長が御答弁いたしましたように,この法律に盛り込まれている援護対策の内容を見ますと,新たに特別葬祭給付金の支給,諸手当の所得制限の撤廃等が盛り込まれた点については,被爆者の援護対策が一歩前進したものと考えています。 しかしながら,衆議院厚生委員会の地方公聴会の意見陳述にもありましたように,被爆者にとって不満を残す形となったことは,十分認識しているところでございます。 また,これまで本市が要望してきたものをすべてが盛り込まれているわけでもなく,外国人被爆者問題等も含め,課題が残ったと受けとめているところでございます。 以上でございます。

◆15番(皆川恵史君)
行き過ぎがあったというふうに衛生局長さんおっしゃってますが,どういう行き過ぎがあったというふうにとらえておられるのか。私が言ったのは,あの当時に治療がほとんどされなかったと。そのために多くの被爆者がね,命が,息を引き取っていったということを私は強調したんです。そういう点で,調査だけしかしてなかったわけであって,行き過ぎがあったとかなんとかいう問題じゃない。そういう点での認識を,どういう点で行き過ぎがあったというふうに思っておられるのか。 以上,再質問しておきます。 ◎衛生局長(上田博三君)
ABCCが被爆者と広島市民にとってどういう存在であったかということでございますので,ABCCの行為につきましては,議員の御指摘,私は直接確認はしておりませんが,もしそういうことがあったとすれば,データの収集のために行き過ぎがあったこともあったものと思っております。 以上でございます。





2017年6月3日土曜日

松谷訴訟(福岡高裁)判決文



本件は、長崎市内において被爆し、頭部外傷を負い、現在右半身不全麻痺等の症状を有する被控訴人が、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律附則3条による廃止前の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下、「旧原爆医療法」という。)8条1項に基づき、右半身不全片麻痺及び頭部外傷が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を申請したところ、控訴人は、「申請にかかる申請人の疾病は、原爆放射能に起因する可能性は否定できる。」との理由を付してこれを却下したため、右却下処分の旧原爆医療法7条1項、8条1頃の解釈適用の違法等を理由に、その取消しを求めている事件である。



1 昭和20年8月9日午前11時2分、長崎市に原子爆弾が投下され、被控訴人(当時三歳)は、長崎市稲佐町一丁目一五番地の当時の自宅で被爆した。証拠(原審証人松谷シマ、弁論の全趣旨)によれば、その際、爆風によって飛来した屋根瓦が被控訴人の左頭頂部を直撃し、被控訴人は頭部に外傷を負ったことが認められる。
被控訴人は、昭和32年9月5日、旧原爆医療法2条1号に該当する者として長崎県知事の認定を受け、被爆者健康手帳の交付を受けている。
2 証拠(乙三、原審・当審証人山下兼彦、原審における被控訴人本人)によれば、被控訴人は、次項記載の認定申請時において、右片麻痺(脳萎縮)、頭部外傷と診断され、有半身不全麻痺、右肘関節屈曲拘縮(伸展位四五度までで、右肘が伸びない。)、右手指伸展位をとる(他動は可)(右手指は他動的に曲げることはできるが、自らは屈曲できない。)、右尖足(右足首が伸展位をとったままの状態で固定している。)、右半身知覚低下(痛覚、触覚、振動覚ともに)、右半身の腱反射亢進、右バビンスキー反射(十)、右上下肢筋萎縮(痙性)、右上肢用廃手、右下肢に著しい障害を有する状態であったことが認められる。
3 被控訴人は、旧原爆医療法8条1項に基づき、右片麻痺及び頭部外傷が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受けるため、昭和62年2月10日付の認定申請書を長崎市長に提出し、控訴人は同市長からの同月12日付の進達により、これを収受した。控訴人は、原子爆弾被爆者医療審議会の意見を聞いた上、同年9月24日、「申請にかかる申請人の疾病は、原爆放射能に起因する可能性は否定できる。」との理由を付して、これを却下(以下「本件却下処分」という。)した。被控訴人は、同年12月15日、控訴人に対し右処分につき、行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが、控訴人は昭和63年6月21日付で右申立てを棄却した。



本件の争点は、本件却下処分に取り消すべき違法事由が存在するか否かにあるが、事案の構造にかんがみると、具体的には、被控訴人の傷害又は疾病が、原子爆弾の放射線に起因するか否か、若しくは、原子爆弾の爆風等に起因しかつ放射線の影響により治癒能力が低下したことに起因するか否か、に集約される。
そして、被控訴人の傷害又は疾病と原子爆弾の放射線との因果関係、原子爆弾の放射線と治癒能力の低下、治癒能力の低下と、現在の症状との因果関係の有無の判断においては、原子物理学、放射線学、疫学、医学の高度の専門的知見が経験則として重要な地位を占めることは明らかであるから、これらの因果関係の有無は、これまでに確立された科学的・医学的知見を十分に取り入れ、各知見の提供する経験則の確実さを十分検討した上で判断すべきである。そして、旧原爆医療法8条1項による認定却下処分の取消訴訟における審理、判断は、原子爆弾被爆者医療審議会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた控訴人行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた経験則に不合理な点があり、あるいは申請人の疾病と原爆放射能の起因性を否定できるとした原子爆弾被爆者医療審議会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、控訴人行政庁の判断がこれに依拠してなされたと認められる場合には、控訴人行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく認定却下処分は違法となると解すべきである。





原子爆弾による放射線と被爆による身体傷害との関係についての基本的考え方

長崎に投下された原子爆弾による放射線と被爆による身体傷害との関係については、医学的にも物理学的にも因果的に明確な回答が得られない未解明な分野を多く残していて、右の関係を数値的・数理的に説明することは本来不可能である。しかるに、原爆症の認定行政においては、被爆地点の距離、被爆線量の数値的・数理的議論が先行し、被爆者の様々な実態には、数量化理論では説明できない傷害事例が存在することに目をつぶり、これまでの科学理論が用意した不十分な数値的尺度のみで被害状況を測定することに急で、被害実態の方向から原爆症認定の必要性を検討することがなかった。原爆症の認定行政の当否は、むしろ前提として前記未解明要因が存在することを十分考慮に入れたうえで現実の被害実態を把握することが不可欠であり、これを踏まえて検討されるべきであって、原爆症を測定する尺度としては不十分な数量的科学論をもってこれを論ずることは「科学的でありそうで、その実は科学的ではあり得ない。」というべきである。もとより、ここでいう未解明要因とは、科学的研究の目的となり得ない非科学的事象とは異なり、研究の目的たる科学的事象ではあるが「未だ定説となるに至っていない事象」「これまでの定説では説明できない事象」「定説における不確定要素」等を意味し、現時点においては科学的に解き明かされていないものである。このような段階において、原爆症認定のための「起因性」に関する要証事実をどのように考えるべきか、あるいは、立証責任をいかに構成するかは重要な課題であり、特別な考察を必要とする。行政の運用における「申請にかかる申請人の疾病は、原爆放射能に起因する可能性を否定できる。」との申請却下理由は、まさに以上のような視点から理解されなければならず、「起因可能性で足りる。」としている根拠はそこにあるというべきである。



起因性とは、原子爆弾による放射線被爆による身体傷害との条件関係的因果関係を意味するところ、前記のように長崎に投下された原子爆弾の放射線被爆による身体傷害発生のメカニズムには、未だに科学的に未解明の部分が非常に多く含まれており、線量評価システムに基づく被爆線量(それは距離的要素を最も重視する。)をもって傷傷害発生の有無が決せられるものではないこと、放射線被爆と身体傷害の因果関係を解明するためには、統計的手法(疫学的手法に類するもの)を用いることが有益であるが、控訴人は被爆距離と身体傷害との関係等に関する豊富な基礎的データを所有しているのに対し、被控訴人はこれらの資料に接近できないこと、このような状況の下で被控訴人に対し放射線被爆と身体傷害との関係につき確実な立証を求めることは不可能ないし困難を強いるもので公平でないし、また、原爆医療法の目的、性格等に照らせば、立証責任を転換するか、あるいは相当程度の蓋然性の立証で足りるとして起因性の立証の負担を軽減すべきである。控訴人も原爆症認定申請却下の理由を前記「申請にかかる申請人の疾病は、原爆放射能に起因する可能性を否定できる。」という定型的文言を用いて表現することによって、はからずも原爆症認定の要件としての起因性の証明に関して以上と同じような認識を有していることを示している。
したがって、被控訴人の傷害又は疾病が原子爆弾の放射線に起因する可能性を否定できない旨の証明があれば、旧原爆医療法8条1項の認定がなされるべきである。



従来、原子爆弾による放射線の人体に対する影響については、γ線、中性子線等の電離放射線のみが問題とされてきたが、原子爆弾が爆発する際には非電離放射線も放出され、また、電磁パルスが発生し強力な電磁波が放出されるから、争点についての判断にあたっては、これらが人体に与える影響をも考慮する必要がある。



被控訴人は、長崎に投下された原子爆弾被爆当時三歳で近距離からの被爆であったが、幼若なほど放射線感受性は高く、特に神経組織においてその影響を受けやすいこと、被控訴人の被爆後の状況から明らかなように長崎市内の自宅での生活中や疎開途中に爆心地の直近を通過した際に残留放射線を受けたり、未分裂プルトニウムや誘導放射線に汚染された大気を呼吸し、飲料水や食物を通じてこれを体内に摂取して放射線の影響を受けたこと、頭蓋骨骨折により脳細胞を外界から保護する頭皮、頭蓋骨、硬膜等が破壊され、大脳実質も一部破損した状況であったことを考慮すると、神経細胞への影響の可能性は否定できない。



脳孔症は頭部外傷の合併症ないし後遺症としても発症するものではあるが、被控訴人の脳実質の欠損の範囲は外傷に比して広大であり、このような広範な脳実質の欠損を生じるのは特異なことであって、放射線の影響を考慮すべきである。



被爆者には、電離放射線、非電離放射線等の影響により免疫能の低下がみられるが、被控訴人の頭部外傷の治癒が遷延したことはまさに放射線による免疫能の低下によるものであり、外傷部の治癒の遷延により脳実質等の炎症が長期化し、その欠損が深刻化したものと容易に推測される。



頭部外傷による脳挫傷、外傷による炎症、放射線の直接的な影響、放射線による免疫能の低下による治癒の遷延のそれぞれが、脳孔症を引き起こし、深刻化させているが、これらが同時に作用することによって、互いに相乗的な効果を派生させることにより、その症状は一層重傷化したというべきである。






放射線被爆の人体に及ぼす影響については、1890年代後半に放射線障害が発生して以来、症例及び調査研究が蓄積されるとともに、原爆被爆直後から行われている多方面の調査研究の蓄積によって、かなり詳細な科学的・医学的知見が形成されている。原爆医療法7条1項所定の起因性の有無を判断するにあたっては、判断時に形成されている一般的な科学的・医学的知見を踏まえて行うべきである。
そして、右一般的知見によれば、放射線被爆の人体に及ぼす影響には、確率的影響と非確率的影響(確定的影響)とがあり、確定的影響の範疇では、一定線量以上でなければ影響が検出されない閾値(なお、この閾値は、生体に個体差があることを前提として幅をもって設定されている。)がある。また、確定的影響に属する範疇の人体影響については、放射線が人体に化学的変化を及ぼしたり、一定の損傷を与えても、当該組織全体としては影響を受けなかったり、影響として検出される前に回復されたりして、障害として検出されないことから、当該被爆者の被爆線量が重要な要素となる。
被控訴人の右片麻痺(脳萎縮)・頭部外傷は、いずれも確定的影響の範疇に属するものであるから、被控訴人の被爆線量を解明した上で、その線量が被控訴人主張の傷害や治癒能力の関係で影響を与えるような線量であったか、換言すれば、当該傷害や治癒能力との関係で閾値を超えた線量に達していたか否かを検討すべきこととなる。



線量推定方式であるT65DやDS86は、被爆直後から行われた線量測定の結果やアメリカ合衆国における核実験の結果等を統合して作成されたものであって、それぞれその時点における科学的水準に基づき、収集されたデータを解析統合した最良のものであるから、被控訴人の被爆線量を推定する場合も、これらの線量推定方式に基づくのが合理的である。



被控訴人の被爆距離は約二・四五キロメートルであって、この被爆距離をもとに、被控訴人の被爆線量を推定すると、本件処分当時適用されていたT65Dによれば、被控訴人の被爆距離での初期放射線の空気中線量は約4.1ないし2.9ラドであり、DS86によれば3ないし2.1ラドである。
一方、残留放射線による被爆線量については、被爆距離と経過時間に応じて急激に減少することが知られており、DS86によれば被爆距離二・四五キロメートルでは、0.00001ラド以下に過ぎないことが明らかである。

被控訴人の傷害、治癒能力と放射線起因性の有無について

1 被控訴人の頭部の傷害の発生経緯に照らすと、頭部外傷は原子爆弾の爆風によって飛来した屋根瓦によるものであって、放射線によるものでないことが明らかである。
2 右片麻痺(脳萎縮)について検討するに、被控訴人の推定最大被爆線量は、T65Dによれば約4.1ないし2.9ラドであり、DS86によれば3ないし2.2ラドとされているところ、脳の神経細胞を損傷する放射線の閾値は、1000ラドと考えられているから、被控訴人の右被爆線量は神経傷害等の確定的影響を起こす閾値よりもはるかに低く、被控訴人が被爆した放射線量を最大に見積もっても、傷害作用をもたらさない上、被控訴人の右片麻痺(脳萎縮)は、前記頭部外傷によって脳実質が損傷し、それに伴い脳萎縮、脳室拡大により運動神経の麻痺に至ったものとして傷害内容、発症経過等を合理的に説明できるから、放射線によるものとは考えられない。
3 放射線被爆の治癒能力に与える影響を検討するに、被控訴人の被爆線量では免疫能低下を引き起こす線量にも達していないことが明らかである。

証拠(乙二五の1、2、原審証人松谷シマ、同楠本光則、原審での被控訴本人)によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、昭和20年8月9日の被爆当時三歳五か月であった。被控訴人は自宅縁側ないしその付近で鶏を見て一人で遊んでおり、母シマは味噌の配給を取りに出掛けており、父甚太郎は昼食の用意のため台所で七輪の火をおこしていた。被控訴人は、原子爆弾の爆風により飛来した屋根瓦によって左頭頂部を直撃され、左頭頂部頭蓋骨陥没骨折、一部欠損の重篤な外傷を負った。被控訴人は、父が駆けつけた時には、既に意識不明に陥っており、上下肢の運動機能喪失・麻痺の状態でぐったりし、頭に当てたタオルが血で真っ赤に染まっていた。父は被控訴人を野外救護所に連れていったものの、医師に軽度の頭部外傷と間違えられ他の重傷者の治療が先であるとして治療を拒否されたため、やむなく防空壕に連れて帰った。母が防空壕に駆けつけた際にも、被控訴人は意識不明の状態で頭部からの出血も止まらなかったため、同日夕方再度右救護所に連れて行き、医師の診察を受けさせたところ、漸く左頭頂部の傷口は直径1ないし2センチメートルの円形で相当深部に達するものであることが判明し、致命的である旨診断されたが、設備や薬品も不十分であって、傷口にマーキュロクロムを塗布されるに止まった。
2 救護所から帰宅する途中被控訴人は全身硬直性の痙攣発作を起こし、雪の下の汁を口・鼻付近から吹き込まれ約15分後に痙攣が治まった。
3 被控訴人の自宅は爆心地から約二・四五キロメートルの場所に位置していた。原子爆弾の爆風により、被控訴人の自宅付近は建物が崩れ落ちたりした。被控訴人の自宅は瓦が落ち、戸板等も吹き飛ばされ、畳がめくれあがった。



証拠(甲三の2、3、5、一一の1ないし5、一五の1ないし5、三二、四三の1、2、四六の1、2、乙一ないし三、四の1ないし4、八、一四の2、一七、原審証人楠本光則、同山下兼彦、同安齋育郎、同古賀祐彦、原審での被控訴本人)によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、被爆後しばらく両親とともにそのまま自宅で生活し、当時稲佐小学校の二階に設置された臨時の診療所でマーキュロクロムを塗布するという程度の治療を受けたに止まった。また、被控訴人には、被爆後数日間にわたり、下痢症状が見られた。また、被控訴人の頭髪は少しずつ抜け始めた。
2 被控訴人は、昭和20年8月16日、両親及び楠本一家とともに、自宅から徒歩で稲佐橋(爆心より約一・九キロメートル)を渡り、宝町(爆心より約一・七キロメートル)を経て長崎駅に至り、同駅から列車で爆心地の直近を通過して長崎県南高来郡愛野町に避難し、同町では被爆者として厚遇を受けて10日間ほどを過ごした後帰宅した。避難先においても、被控訴人は寝たきりであったが、治療を受けることはなかった。被控訴人の頭部の傷口は化膿し、膿が出ていた。
3 被控訴人は、昭和20年10月上旬頃、両親とともに長崎県南松浦郡富江町にある父の実家に疎開のため転居した。被控訴人は、転居後も寝たきりで、自分の力で寝返りをうつこともできなかった。被控訴人の頭髪は一層薄くなった。被控訴人の頭部の傷口はふさがらず、水が吹き出すように腐臭の強い膿ないし分泌物が流れ出し続け、医師からいったん短期間で治る旨の診断を受けて医師の治療を受けたものの、傷口の一部がふさがりかけると、今度は別の部分から膿等が出始めるという状況の繰り返しで治療は効を奏せず、被控訴人の頭部外傷が一応の治癒を見たのは被爆後二年半ほど経ってからであった。富江町における治療期間中に被控訴人の頭部の傷口から瓦の破片が出てきている。被控訴人は、昭和20年12月31日から昭和21年1月1日にかけて、失神を伴う継続的な重度の痙攣発作に襲われ、心マッサージにより息を吹き返したことがあった。
4 被控訴人は、昭和22年末頃、両親と共に長崎市内に再度転居し、昭和24年4月、一年遅れて小学校に入学し、中学高校と進学し、昭和36年3月高校卒業後、事務員として就職し、今日に至っている。被控訴人の失神を伴う痙攣発作の回数は次第に減少していったが、学校時代を通じて年に一、二回位一時的に意識不明の状態に陥ることがあり、最後の発作は昭和42年頃であった。被控訴人は、昭和34年頃、約39度の高熱が一週間ほど継続する症状を呈したが、当時の診断としては明確に感染症とは判定できず、原因は明らかにならなかった。
5 被控訴人は、現在においても、前示第二、一2の症状を有しており、右足は、踵、第一指、第二指は着地せず、残りの指及びその付近の足の裏しか着地しないため、歩行が著しく不自由・不正常であり、また、その部分が硬くなり、針で刺すような痛みがある。右手は、物をつかみあげることもできない。被控訴人の左頭頂部の頭蓋骨には陥没骨折があり、また、骨折部分に対応する部分の脳実質が欠損しており、さらに、脳実質の欠損と測脳室が交通しており、脳孔症(Poren Cephaly)と診断される上、測脳室自体も拡大している。さらに、右に比較して左の頭蓋骨自体の発育も少し低下している。被控訴人は、頭部外傷の周囲の疼痛、首の硬直、上肢のしびれ感等を訴えているほか、様々な不定愁訴を有している。
6 被控訴人に対する治療としては、根本的な治療は困難であるが、症状を緩和させるために、薬物療法あるいは理学療法、機能回復訓練等が必要である。






旧原爆医療法は、戦争被災者のうち原子爆弾による被爆者のみを取り上げ、これを対象とした特別法であるから、同法八条一項に基づいてされた本件却下処分の適否を判断するにあたっては、原子爆弾の性能、それによる被害、立法の経過についても考慮する必要がある。



証拠(甲六、八、九、三一、三二、乙三五の7、原審証人安齋育郎、同肥田舜太郎、当審証人小佐古敏荘)によれば、次の事実が認められる。
1 原子爆弾は、原子核、主として重い原子核に中性子が衝突した際、原子核が分裂して大量のエネルギーを放出する作用を利用したものであり、長崎に投下された原子爆弾は、外形が直径1.5メートル、長さ3.5メートル、重さ4.5トン、爆発高度503メートル、爆弾中にはプルトニウム239が約8キログラム包含されており、約1キログラムないしは1.1キログラムが核分裂を起こしプルトニウム239が実際に分裂し、TNT火薬21キロトンに相当するエネルギーを発したとされる。そして、そのエネルギーのうち約50パーセントが爆風に、約35パーセントが熱線に使われ、約15パーセントが放射線に割り当てられたといわれているが、何分にも総エネルギーが桁外れに膨大であったため、爆風も想像を絶するほどのもので、爆心地から南方約二・五キロメートルまでの木造家屋をほとんど全壊させ、南方最長約四キロメートルの地点の木造家屋を半壊させ、約一九キロメートル地点でも窓ガラスを破壊した例があり、約一九キロメートル離れた地点でも爆風を感じさせるほどの破壊力であったし、また熱線量もたとえようのないほど膨大で、火傷による死者を大量に発生させ、約四キロメートルにおよぶ範囲の人々に身体の露出部に熱傷を与えたほどである。
なお、被控訴人は、原子爆弾による被害を考察するにあたっては、爆風、熱線、放射線の三つの要因に加えて、非電離放射線、電磁パルスの影響を考慮すべきである旨主張し、甲一〇号証(慶應義塾大学理工学部教授徳丸仁「電波は危なくないか」)及び原審証人安齋育郎の証言等を援用しているが、これらの証拠を子細に検討してみても、未だ問題提起にとどまっているように窺える上、他に非電離放射線と原爆被害の関係について研究者間に共通した知見、認識が確立されていると認めるに足りる証拠もないから考慮の対象としないことにする。
2 このように原子爆弾の爆発によって生じた爆風、熱線による破壊は、人体、物体に及んだのであるが、原子爆弾がTNT火薬を用いた通常の爆弾に比べ質的に異なるのは、原子爆弾の場合爆発により放射線が放射される点である。原子爆弾においては、爆発と同時に瞬間的に放射線(初期放射線、瞬間放射線)、主として、γ線、中性子線等が放射されるほか、原子核の分裂した破片が地上に落下した核分裂生成物(いわゆる放射性降下物「死の灰」)が地上に落下する際放射能を発し、また中性子が地上の物質に衝突した際、中性子の作用によりその物質を放射性元素に変えることによって当該物質から放射能(誘導放射能。「死の灰」と誘導放射能は一括して残留放射能と呼ばれる。)が発せられたが、これらの放射能は人体の細胞を破壊し、または損傷して被爆者を死亡させ、あるいはこれに障害を与えた。
3 初期放射線のうちα線とβ線は、空気中の透過力が弱いために地上まで到達することができないから、人体影響の点で検討すべきはγ線及び中性子線である。
4 残留放射能の被爆には、身体の外から主としてγ線をあびる外部照射と、放射性物質が体内に取り込まれてβ線やγ線を受ける内部照射とを考慮する必要がある。残留放射線のうち外部照射としては、まず、原子爆弾から放射された中性子を吸収した物質の多くは放射性元素に変わり、β線やγ線をかなり長時間にわたって放射し続ける前示誘導放射線があるが、β線は空気中での透過性が弱いために人体に対する影響を考える上ではγ線の線量が主として問題となる。次に、プルトニウムの核分裂生成物、プルトニウムの未分裂のもの、原爆機材が中性子を受けて誘導放射能を帯びたものなどが微粒子の塵埃の形で空中高く吹き上げられて大気中に広く広がって降下する放射性降下物がある。また、内部照射としては、呼吸による吸入、食物や飲料水とともにあるいは皮膚を通して体内に侵入した放射性物質がある。そして、土壌放射化による無限大時間までの放射線量は、後示DS86によれば、爆心地からの地上距離二・四五キロメートルの地点においては、0,00001ラド以下であるとされている。また、前示のような被爆後の被控訴人の行動を考慮しても残留放射能による被爆により、初期放射線と合わせた被爆線量が前記初期放射線量の2倍にまで達することはないとされている。

長崎に投下された原子爆弾による被害

証拠(甲六、一七、一八、二五の1ないし7、乙三二、原審証人渡辺千恵子、同楠本光則、同山口仙二、当審証人小佐古敏荘)によれば、次の事実が認められる。



原子爆弾の爆発によって生じた爆風、熱線は、これを浴びた被爆者を相当数死亡させたほか、生存被爆者に対しても後遺障害を与えたが、とりわけ深刻なものは原子爆弾の放射線エネルギーによる放射能障害である。放射線は、直接人体の組織細胞を破壊し、また破壊しないまでも損傷したため、被爆者の中には即死した者もあり、即死を免れた者も、急性症状として、嘔吐、下痢等の消化器症状、頭痛、頭重、不眠、めまい等の神経症状、脱力、脱毛等の無力症状、吐血、血便、皮膚の溢血斑等の出血症状、発熱、口内炎、皮膚炎等の炎症症状、白血球減少や貧血等の血液症状、無精子症月経異常等の性症状を呈し、この急性放射能障害のために、ある者は二、三週間で死亡し、おおむね被爆後八週までの間におびただしい数の被爆者が死亡した。その時期を耐えた者は、次第に回復し始め、約四か月後頃にはほとんどの者が一見健康であるかのようになったが、その後も放射能を受けたために生じた細胞の変化が持続して何らかの異常を起こすため、放射能障害の特徴としての晩発性障害が発生し、慢性的に白血病、再生不良性貧血等の造血臓器の疾患、胃、肝臓、皮膚等の悪性腫瘍、その他肝障害、胃・十二指腸潰瘍、内分泌疾患、白内障、生殖器機能障害に悩まされる例が多く、いずれも放射能の影響のため治癒し難いといわれ、他に放射能障害として寿命の短縮等がみられるし、さらには遺伝的悪影響も懸念されている。



原子爆弾の爆発によって、一般の空襲による場合とは比較にならないほどに広大な市街地が一瞬にして破壊されたため、生き残った被爆者の多くは、自己の家屋、財産、職業、労働の場を失って困窮し、また原子爆弾の被害により死亡した被爆者も多く、そのため大量の欠損家庭が作り出されたが、欠損家庭においては経済的支柱を失ったことにより家族員の相互扶助が期待できないだけでなく、親族、地域住民も同様に被害を受けていることから、これら相互扶助も期待できないため、貧困に陥った例も少なくなかった。のみならず、原子爆弾による被爆者は一般空襲による被災者と違っておおむね放射能による永続的な身体障害を受けているため、労働能力に大なり小なり影響を受け、労働能力を失った者はもとより、労働能力を失わないまでもその減退により就職に困難をきたし、職を得た後も休職、転職、失業の繰り返しを余儀なくされ、生活に深刻な苦しみをも訴える者が少なくなかった。そして、これら貧困化した被爆者は、生活の維持に没頭しなければならなかったため、十分な栄養と休息をとることができず、身体障害の回復もままならず、貧困と障害の悪循環を重ねてきた。



渡辺千恵子は、長崎市内の爆心地から約二・九キロメートル、被控訴人の被爆場所とほぼ同一の地点で被爆し、倒壊した工場の鉄骨性の梁の下敷きとなって脊椎を骨折したが、被爆直後から発熱が続き、しばらくして脱毛が起こり、被爆後1年間無月経であった。また、外傷部は容易に治癒せず、腐食して悪臭を発した。渡辺千恵子は昭和34年6月29日付で低色素性貧血及び下半身不随症により、旧原爆医療法8条1項の認定を受けた。渡辺千恵子の左大腿部の傷口はその後も感覚がなく、薄い皮膚をはるが、時々衣擦れでとれて膿汁が点々と下着に付着することがあった。
楠本光則は、長崎市内の爆心地から約二・四キロメートルの地点で被爆したが、被爆後約1か月後に若干の脱毛があり、一緒に被爆した友人は毛髪全部が脱毛した。
長崎市内の爆心地から約二・五キロメートルの地点で被爆した梶原昌子は、被爆直後から発熱し、約1か月後に脱毛が認められ、約2か月後に鼻血、嘔吐、下痢があった。



証拠(甲六、弁論の全趣旨)及び公知の事実によれば、次の事実が認められる。
被爆者は、戦後戦争犠牲者の援護の問題が生じた際も、軍人、徴用工員、勤労動員学徒等一部を除き、大部分は救済の埒外に置かれていた。そのうち、昭和29年3月に行われたアメリカ合衆国のビキニ水爆実験により日本の第五福竜丸乗組員が被災したことが契機となって、全国的に原水爆禁止運動が盛り上がり、その一環として被爆者に対する医療面、生活面を含む総体的な援護、とりわけ国家の負担による健康診断、治療を求める声が一段と高まり、これを受けて政府は、昭和29年秋から広島、長崎両市に原爆症調査研究委託費を交付するようになった。しかし、この程度の措置では不十分であるとして、国家補償の見地からする被爆者援護、殊に被爆者に対する国費治療の立法化を求める要求がやまず、国会でも、昭和31年12月12日開催の第25回国会衆議院本会議において、「昭和20年八月広島市及び長崎市に投ぜられた原子爆弾は、わが国医学史上かって経験せざる特異の障害を残し、10年後の今日なお多数の要医療者を数えるほか、これによる死者も相次ぎ、障害者はきわめて不安定な生活を送っており、人道上の見地から考えて、まことに憂慮にたえないとともに国としてこれらの特異な被害者の治療等につき医学的見地から深い研究をすすめる必要がある。よって政府は、すみやかにこれらに対する必要な健康管理と医療とにつき、適切な措置を講じ、もって障害者の治療について遺憾なきを期せられたい。」旨の「原爆障害者の治療に関する決議」がなされた。このような背景のもとに、政府は、被爆者医療のため画期的な予算措置並びに立法措置を含む施策が必要であるとして法制化に努めた結果、昭和32年3月旧原爆医療法の制定をみるに至った。
旧原爆医療法及び後示旧原爆特別措置法の原爆二法は、平成7年7月1日に施行されるに至った原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の中に発展的に吸収されて廃止された。



昭和33年8月13日付厚生省公衆衛生局長の「原子爆弾後障害症治療指針」(甲二一)によれば、「原子爆弾後障害症に関しては、従来幾多の臨床的及び病理学的その他の研究が重ねられた結果、その成因についても次第に明瞭となり、治療面でも改善を加えられつつあるが、今日いまだ決して十分とはいい難い。したがって、原子爆弾後障害症の範囲及びその適正な治療については、今後の研究に待つべきものが少なくないと考えられる。」と述べられており、証拠(甲六、七、原審証人安齋育郎、同古賀祐彦)によれば、その後の医学研究により原子爆弾の放射能による後障害症の範囲、内容、これに対する治療方法につき解明された部分もあるが、今なお未解明の点が少なくないことが認められる。
後示のとおり旧原爆医療法は、その第1条に規定するように「被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ、国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより、その健康の保持及び向上をはかることを目的」として制定されたものであるが、ここに「健康上の特別の状態」とは、被爆者が種々の原子爆弾後障害症に悩まされており、原子爆弾の傷害作用が現在または将来人体に及ぼす影響及びそれに対する治療方法がいまだ十分解明されていないという特殊な健康状態にあることを指し、そのような状態にある被爆者を健康面で保護、救済することを指しており、このことは本件においても十分に配慮しなければならない。



旧原爆医療法は、原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ、国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより、その健康の保持及び向上をはかることを目的とするものであり(同法1条)、一定範囲の被爆者には、その申請により被爆者健康手帳を交付して毎年健康診断を行う(同法3条、4条)ほか、原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し又は疾病にかかり現に医療を要する状態にある(当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときはその者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある)被爆者に対しては、厚生大臣が原則として原子爆弾被爆者医療審議会の意見を聞いた上、当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定をした上で、指定医療機関による必要な医療の給付又はこれに代わる医療費の支給をし(同法7条ないし14条)、さらに、一般の負傷又は疾病によって医療を受けた被爆者に対しては、一定条件のもとに一般医療費を支給する(同法14条の2ないし14条の7)こと等を定め、これらに要する費用は全額国が負担するものとしている(同法20条)。被爆者は、従前から、被爆による健康上の障害につき、一般傷病者と同様の立場において健康保険等の各種医療保険法あるいは生活保護法等による医療給付を受けることができたのであるが、被爆者の特別の健康状態にかんがみるとなお十分でないので、更に救済を強化するために旧原爆医療法が制定されるに至ったものである。そして、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律附則三条による廃止前の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(以下「旧原爆特別措置法」という。)は、被爆者に対する救済内容を拡大し、被爆者であって原子爆弾の傷害作用の影響を受け今なお特別の状態にあるものに対し、医療特別手当の支給等の措置を講ずることによりその福祉を図ることを目的としている(同法1条)。
右のように、旧原爆医療法は、被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とするものであって、その点からみると、いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつものであるということができる。しかしながら、被爆者のみを対象として特に右立法がされたのは、原子爆弾の被爆による健康上の障害がかって例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで、かかる障害が戦争という国の行為によってもたらされたものであり、しかも、被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態におかれていることによるものである。旧原爆医療法は、このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり、その点で実質的に国家補償法的配慮が制度の根底にあることは否定することができない(最判昭和53年3月30日民集32巻2号435頁)。

旧原爆医療法7条1項は、同条による医療の給付を受け得る者につき、同項本文において、「原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し、又は疾病にかかり、現に医療を要する状態にある被爆者」であることを要する旨規定し、同項ただし書において、「当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは、その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に、医療を要する状態にある場合に限る。」旨規定するとともに、同法8条1項は、「右医療の給付を受けようとする者は、あらかじめ当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受けなければならない。」と定めている。したがって、同頃に基づく認定は、「被爆者の傷病が原子爆弾の傷害作用(爆風、熱線、放射線)に起因すること(起因性)」及び「現に医療を要する状態にあること(要医療性)」が、その要件になっているものと解される。そして、旧原爆医療法は、一般被爆者に対しては健康診断を、被爆者中同法14条の2の特別被爆者に対しては健康診断と医療の給付(社会保険等を適用した後、自己負担部分につき公費負担)を行い、前示認定を受けた原爆症に罹っている認定被爆者には全額公費負担による医療の給付を行っており、他方、国は、旧原爆特別措置法により認定被爆者に対しては特別手当と医療手当を支給していたのである。このようにひとしく被爆者であるといっても、実定法は被爆者の状況、疾病の内容等に応じてその健康及び福祉に対処する仕方を異にしているのであって、旧原爆医療法8条1項による認定処分は、同法7条による医療の給付及び旧原爆特別措置法による特別手当、医療手当の支給の前提となっており、旧原爆医療法及び旧原爆特別措置法は、認定被爆者に対し一般被爆者より厚い救済を与えているのであるから、認定処分は、国民がこれを受けることによって自己の権利、利益の拡張を得られるものであること及び旧原爆医療法8条1項の条文の規定の仕方に照らし、認定の前示要件を具備していることの証明があった場合に初めて認定がなされると解するのが相当である。なお、旧原爆特別措置法5条の規定が右解釈を左右するものではないことは後記説示に照らし明らかである。
しかしながら、前示原子爆弾による被害の甚大性、原爆後障害症の特殊性、旧原爆医療法の目的、性格等を考慮し、認定の要件の証明の程度については、起因性の点についていえば、同法7条1項本文の放射能と現疾病との間の因果関係につき、また、同法7条1項ただし書きの放射能と治癒能力との間の因果関係につき、それぞれ物理的、医学的観点から高度の蓋然性の程度にまで証明されなくても、被爆者の被爆時の状況、その後の病歴、現症状等を参酌し、現傷病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の相当程度の蓋然性の証明があれば足りると解すべきである。
そして、このような観点からする起因性の要件の立証があった場合には、放射線障害を有する被爆者に対しては、症状の推移を見守る意味においても医師による長期の観察が必要であり、前示厚生省公衆衛生局長の「原子爆弾後障害症治療指針」(甲二一)が治療上の一般的注意として指摘しているように、「原子爆弾被爆者の中には、自身の健康に関し絶えず不安を抱き、神経症状を現すものも少なくないので、心理的面を加味して治療を行う必要がある場合もある。」こと等を考慮すれば、当該原爆症自体について抜本的治療方法がなくても、当該原爆症の症状を緩和させる医療の必要性が肯定されるような場合には、要医療性の要件も満たすと解するのが相当である。




被控訴人は、原子爆弾後障害症の多様性、未知性、立証の困難性、旧原爆医療法の目的、性格、原爆症認定却下の際に用いられる文言等に照らし、被爆者の医療を要する現症状が原子爆弾の影響によらないことが明確に証明されない限り、すべて放射線と関係があるものとして旧原爆医療法8条1項による認定がなされるべきであるとして、証明責任を転換すべきである旨主張する。確かに、前記原子爆弾による被害の甚大性、原爆後障害症の特殊性、旧原爆医療法の目的、性格等は、同法の解釈にあたって十分考慮すべきものではあるが、前示同法8条1項による認定処分の内容、同項の条文の規定の仕方等に照らし、これらは、未だ認定の要件を具備していることの証明があった場合に初めて認定がなされるべきであるとする前示の判断を左右するものではない。さらに、行政庁が起因性を否定して旧原爆医療法8条1項による認定申請を却下する場合に「申請に係る申請人の疾病は、原爆放射能に起因する可能性は否定できる。」という文言を用いているからといって、これをもって超因性の証明責任の転換を肯定する根拠となるとは認められない。
控訴人は、因果関係については高度の蓋然性が肯定される程度の証明を要することは、行政事件訴訟法七条が準用する民事訴訟法の原則であるから、証明の程度を軽減するためには、その趣旨の規定が置かれていることが必要であるところ、旧原爆医療法及び旧原爆特別措置法の規定を通覧しても、旧原爆医療法7条1項の要件につき、証明の程度を軽減させる趣旨の規定は見当たらない上、旧原爆特別措置法は、健康管理手当(同法5条)、介護手当(同法8条)、葬祭料(同法9条の2)に関し、括弧書きで例外的に「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」(同法5条1項)、「原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」(同法8条)、「その死亡が原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかである場合はこの限りでない。」(同法9条の2)として、各種給付の要件を緩和する規定を置いていることからすれば、旧原爆医療法7条1項の要件について、証明の程度を軽減させる趣旨でないことは明らかである旨主張する。確かに、因果関係については高度の蓋然性が肯定される程度の証明を要することは、行政事件訴訟法七条が準用する民事訴訟法の原則ではあるが、解釈によって証明の程度を軽減することは同法の下でも許されるのであるから、証明の程度を軽減することを許容する特別規定がないからといってこれを否定する根拠とはなり難いし、前示原子爆弾による被害の甚大性、原爆後障害症の特殊性、旧原爆医療法の目的、性格等を考慮し、証明の程度を軽減することには十分な理由があるというべきである。また、旧原爆特別措置法5条が健康管理手当につき、「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」と規定しているのは、造血機能障害、肝機能障害、その他の厚生省令に定める障害を伴う疾病については、これらの障害がその性質上放射能に起因することが推定されることから、これらの疾病が放射能の影響による相当程度の蓋然性に疑いを差し挟む程度の反証では足りず、放射能の影響によることを否定するに至る程度の反証のない限り、因果関係があるとして取り扱うこととしたものいうべきである。さらに、同法8条が介護手当につき「原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。」と規定し、同法9条の2が葬祭料につき「その死亡が原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかである場合はこの限りでない。」と規定しているのは、被爆者の置かれた状況や右給付の性質に照らし、因果関係につき相当程度の蓋然性の証明を肯定するに至らなくても、さりとて因果関係を否定するに至らないものについても広く救済の対象としたものというべきである。したがって、これらの規定が存在するからといって、旧原爆医療法8条1項による認定要件の証明の程度を前示のように軽減することの妨げになることはないというべきである。このように解することによって、旧原爆医療法8条1項による認定を受けることを要件とすることにより、健康管理手当、介護手当、葬祭料の各給付よりも手厚い救済の内容となっている医療特別手当(旧原爆特別措置法2条)、特別手当(旧原爆特別措置法3条)にあっては、因果関係について相当程度の蓋然性が肯定されなければならないのであるから、そこに給付内容に応じ因果関係の証明の程度に相応の差異を設けることによって、被爆者の救済の実をはかろうとする法の趣旨を読みとることができる。控訴人が主張するように、旧原爆医療法8条1項による認定要件は高度の蓋然性の程度に証明されなければならないとすれば、医療特別手当、特別手当については、旧原爆特別措置法による他の給付に比較して必要以上に不均衡で困難な証明を要求することに帰し、被爆者であって前示「健療上の特別な状態」にあるものの救済を図ることを目的とする旧原爆医療法、旧原爆特別措置法の趣旨に悖ることになるというべきであり、むしろ、健康管理手当、介護手当、葬祭料の要件の証明の程度を軽減する規定が存在することは、医療特別手当、特別手当の要件の証明の程度も軽減すべきこと、即ち、旧原爆医療法8条1項による認定要件の証明の程度を前示のように相当程度の蓋然性の程度にまで軽減すべきことの根拠となるというべきである。

証拠(甲一一二、乙三九、原審証人安齋育郎、同藤田正一郎、同古賀祐彦、当審証人小佐古敏荘)によれば、次の事実が認められる。放射線被爆の人体に及ぼす影響には、確率的影響と確定的影響(非確率的影響)とがあり、確定的影響の範疇では、一定線量以上の放射線を浴びないと影響が起こらない閾値があるが、癌の誘発と遺伝的影響が確率的影響の範疇に属し、それら以外はすべて確定的影響に属している。そして、エックス線の発明等により放射線の人体に対する傷害作用が明らかになった以降の医療事故、産業活動・研究活動に伴う被爆事例、広島・長崎における原子爆弾の被爆によるデータ等に依拠して、確定的影響に属する各症状について閾値が求められている。現在においては、白血球減少は50ラド、吐気は100ラド、脱毛は300ないし500ラド、脳神経の障害は1000ラドとされており、また、リンパ球の障害による免疫能の低下については、免疫能を持つ細胞を90パーセント殺す線量は約350ラド、平均致死線量は80ないし100ラド、影響が検出されないという意味での閾値は10ラドより少し上程度とされている。したがって、放射線被爆の人体に及ぼす影響を判断するにあたっては、人体が被爆した放射線量が重要である。また、全体としての放射線量は同じであっても、短期間に放射線を浴びた場合、即ち放射能率が高いほど、被爆による影響は大きいとされている。ただ、放射線の感受性には個体差があり、近年、一般集団における個人間の放射線感受性についても、細胞致死量に外挿すれば、10倍もの違いがあるという指摘もある。また、幼弱なほど放射線感受性は大である。







証拠(乙三一、三二、原審証人安齋育郎、当審証人小佐古敏荘、弁論の全趣旨)によれば、日本の文部省とアメリカ合衆国のAEC(米国原子力委員会)はそれぞれ線量推定研究プログラムを組織した。昭和31年には、アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所の科学者らによるICHIBAN計画が始められ、ネバタ砂漢での核実験の結果等を踏まえて一九五七年(昭和32年)3月に暫定線量(Tentative 1957 Dose)が発表されたこと、この線量評価システムは、線量評価にあたった研究者自身その評価は不明確であるとの認識を有していたが、暫定的なものとしてそれなりに利用されてきたことが認められる。



証拠(乙一八、二四、三〇ないし三二、原審証人安齋育郎、同藤田正一郎、当審証人小佐吉敏荘)によれば、次の事実が認められる。
1 アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所の研究者らは、1965年(昭和40年)に暫定線量評価システムT65D(Tentative 1965 Dose)を発表した。この線量評価システムは、アメリカ合衆国ネバタ砂漠において長崎原爆と同型の原爆を爆発させて得た核実験のデータ、放射線影響研究所における広島、長崎の被爆看三万人弱に対する被爆場所、遮蔽物の有無、遮蔽物の構造等の被爆状況及び後障害の内容等に関する面接調査結果の解析データ、日本の研究者により行われた広島、長崎における中性子により放射性物質となった鉄筋に含まれるコバルト60の残留放射能の計測結果等に基づいて、無遮蔽状態における原子爆弾の炸裂点からの距離の関数としての空気中線量及び被爆者の周囲の建造物による放射線の遮蔽効果について記述したものとされている。T65Dは、被爆者個々人の遮蔽等を考慮して実際の被爆線量を計算するのに年月がかかり、実際には1968年頃から原爆放射線線量の評価に用いられるようになり、1970年代の間、危険率評価にかなりの信頼度を持って使用された。当時、誤差は広島で±15パーセント、長崎で±10パーセントといわれていた。
ただ、この線量評価システム作成の資料となった広島、長崎の被爆者三万人弱に対する面接調査は、放射線による急性症状が終了した後の調査であるために、包括的な急性症状に関する調査はされていない。
2 T65Dによれば、長崎に投下された原子爆弾による空気中総線量は、爆心地から一・一五キロメートルの地点で494.5ラド、一・三キロメートルの地点で267.9ラド、一・五五キロメートルの地点で99.2ラド、一・七五キロメートルの地点で45.8ラド、二・二キロメートルの地点で8.6ラド、二・三キロメートルの地点で5.9ラド、二・四キロメートルの地点で4.1ラド、二・五キロメートルの地点で2.9ラドであり、その誤差は±10パーセント程度とされていた。
3 T65Dによる線量システムには、1976年頃からいろいろな問題や矛盾が指摘されるようになり、非常に大きな誤差が含まれていることが明らかになった。その主な点は、中性子カーマは水蒸気含有率が高いと減少するが、T65Dはネバタ核実験場の乾燥した空気中における値をそのまま採用し広島及び長崎の高い湿度を取り上げなかったため中性子カーマが過大評価されてしまったこと、広島と長崎の原爆は、構造、内容が非常に異なっていたが、T65Dは長崎型原爆の核実験に基づいて評価されていたため広島について誤差が大きかったこと、家屋による遮蔽計数を一種類だけしか用意していなかったこと等であるとされている。
4 後示DS86による被爆線量は、広島においては、T65Dに比較してγ線は約1.5ないし2倍、中性子線は約10分の1であり、長崎においては、γ線はやや減少しており、中性子線は約2分の1ないし3分の1であって、T65Dにおいて予想されていた誤差を大きく上回っている。



証拠(乙一五、一六、一九、二四、三一、三二、原審証人安齋育郎、同藤田正一郎、同古賀祐彦、当審証人小佐古敏荘)によれば、次の事実が認められる。



そこで、T65Dによる線量評価システムの見直しが行われることになり、1981年にアメリカ合衆国に線量再評価実務委員会、日本側に線量実務委員会が設置され、さらに、それぞれその上級線量委員会が設置されて検討が行われた。その結果、T65D作成時の実験データ、その後の知見・実験の結果、被爆者から得られた情報等をコンピューターに入力してシミュレーション・ゲーミング手法による線量評価システムが開発され、1983年2月から1986年3月までの間に4回の日米共同ワークショップが行われ、1986年(昭和61年)3月に開かれた日米合同の上級委員会においてDS86(Dosimetry System 1986)と名付けられた線量評価システムが承認された。この線量評価システムは、T65Dがネバタという乾燥した空気中の核実験データをそのまま長崎、広島に適用していることを見直し、広島、長崎の高湿度、すなわち空気中の水蒸気成分を考慮するとともに、T65Dでは長崎に投下された原子爆弾の出力を22キロトンとしていたのが、その後21キロトンと判明したこと等に基づいて再評価を行ったものとされている。






原爆の出力は線量計算にとって最も基礎的なデータであるにもかかわらず、投下時のデータの大部分が失われたため、直接の測定値からの値は得られていないため、DS86における長崎原爆の出力の推定にあたっては、長崎原爆と同型の原爆による大気圏核実験のデータを基礎にして、1、火球中にあった破裂片を放射化学分析することによって推定する方法(長崎では、原爆を投下した航空機が採取していた原子雲の残骸の一部分を放射化学分析の資料とされたとされている。)、2、火球が時間と共に膨張していく速度を測定することによって推定する方法、3、原子爆弾の構造から理論計算する方法、4、爆風の圧力波の被害から推定する方法、5、熱ルミネセンスの測定値とDS86の計算値を合わせることによって推定する方法の五つの方法によって、推定値を計測した上、これを総合的に評価し最も推奨できる値として21キロトンと推定され、その誤差の範囲は10パーセント、±2キロトンとされたものである。このうち「3、理論計算」は核弾頭を設計する直接の理論計算であり、軍事機密を利用してアメリカ合衆国で行われたものであり、日本側に公表されていない。
当審証人小佐古敏荘は、「3、理論計算」に関し「長崎の原爆は極めて初期の時代のものであり、起爆のタイミングとかの爆弾の細部はうまく制御できていない。現在の核弾頭の計算がそのままあてはまるかといわれると、多分あてはまり難いというところもあり、他の方法で長崎の出力を固めて、それで全体的、総合的に評価する方法になっている。理論計算の資料が日本側に公表されていないからといって、DS86全体の信用性を損なうものではない。」旨証言している。これに反し、上野陽里京都大学名誉教授は「DS86体系についての意見書」という論文(1996年10月、甲一二四)の中で、「自然科学では、第三者による追試験で同じ結果が出なくてはどんな研究も意味がない。原子爆弾の線量評価に関しては追試験ができない。詳細な計算コードも定数も明らかにされておらず、計算過程を追試験できないということは、本来公開性を持つことが条件である科学にとっては、決定的な欠陥である。」と述べている。



原子爆弾が爆発すると中性子とγ線が放射される。爆弾の表面から放射される放射線の総量、エネルギー分布、方向(角度)分布(これを放射線の「ソースターム」あるいは「遺漏スペクトル」という。)は、放射線が起爆剤の軽元素及びケーシングの重元素と相互作用を起こすため、爆弾の構造によって変化する。長崎爆弾は核分裂物質の周囲に火薬を配置してこれに点火して圧縮する方法であり、弾頭は薄い鋼鉄でできているため、中性子は比較的厚い軽元素と薄い重元素の層を通る。ソースタームは、核分裂で放射された放射線とその二次放射線が爆弾の外郭材料を通過し、爆弾の周囲の大量の大気を通過することを考慮した複雑なコンピュータープログラムにより算出された。そして、その計算結果の検証は、ICHIBAN計画での裸の金属原子炉での遺漏スペクトルの測定、ネバダでの原爆実験で計算された遺漏スペクトルの輸送計算における使用、広島爆弾の複製原子炉による測定値と計算値の比較等により行われた。



即発中性子、即発γ線及び空気捕獲γ線の空中輪送は、別々の研究機関がそれぞれ別の計算法である二次元離散的座標コードあるいはモンテカルロコードを用いて大規模な計算がされた。その際、地面上部での爆発高度、大気密度と湿度の状態、水分含量を考慮した大地の組成が重要であることから詳細な検討がされた。また、上昇中の火球の中の核分裂片から出る遅発γ線についても一次元に簡単化して計算が行われた。これらの計算は、実験データとの比較、あるいは異なった計算コードを用いた結果と比較することによって検証された。その結果、遮蔽や人体の各臓器の違い以前の空気中組織カーマの場合、長崎については、DS86のγ線カーマはT65Dより幾分小さくなっている。これはT65Dが長崎型の爆弾を用いたICHlBAN計画に基づいたためであると考えられている。また、中性子カーマはT65Dの約2分の1ないし3分の1であるが、DS86で大きく減少したのは大気中の水蒸気成分を考慮した影響であると考えられている。



土壌を素材としたレンガやタイルには石英や長石が含まれているが、石英等は放射線のエネルギーを吸収し、これを加熱すると吸収した放射線のエネルギー量に比例した量のルミネッセンス(光)を発生するので、これを測定することができる。レンガやタイルの熱ルミネッセンスの中性子に対するレスポンスは無視し得るほど小さいので原爆による熱ルミネッセンスはγ線のみで生成されると考えてよいため、熱ルミネッセンス測定によって建物表面が受けた原爆によるγ線量が測定でき、DS86による計算値の検証に用いることができる。広島、長崎の両市で、市民の協力を得て被爆したままの状態で火災にも遭っていないレンガやタイルが収集され、これらは日本の放射線医学総合研究所、奈良教育大学、アメリカ合衆国のユタ大学、英国のオックスフォード大学の五箇所の機関で測定され、測定の相互比較等に用いられた。熱ルミネッセンス測定結果は、DS86による計算結果と比較すると、広島においては一キロメートル以上の地点で測定値が計算値より大きく、計算値が測定値と一致するためには18パーセントの増加を必要とするとされ、長崎においては一キロメートル以上の地点で測定値が計算値より小さく、計算値が測定値と一致するためには10パーセントの減少を必要とするとされている。
当審証人小佐古敏荘は、「T65Dとの比較では、DS86の方がはるかに良い一致を示し、DS86の使用を支持している。」と証言している。



原爆から発生した中性子は、いくつかの元素を中性子核反応により放射化した。そこで、この誘導放射能を測定することにより、DS86の中性子に関する計算モデル及び断面面積等のパラメーターの検証に用いられた。



約3メガボルト以上の高エネルギー中性子フルエンスについては、原爆投下直後の調査で広島において採取された絶縁碍子中の硫黄に含まれるリン32の測定結果がほとんど唯一のデータであるとされている。このデータによる測定値とDS86による計算値とは爆心地から数百メートル以内の距離では大きな隔たりは見られないが、400メートル以遠では測定値の誤差が大きくなるため結論を下すことができないとされている。



広島、長崎の両市でコンクリート建物の鉄筋その他の鉄材の中に含まれるコバルト60を分析し中性子の線量が測定された。この結果では、近距離ではDS86の計算値が測定値より大きく、遠距離になるに従って測定値を下回り、一・一八キロメートル地点では4分の1になるという系統的食い違いが生じた。この不一致の原因について種々の検討が試みられたが、現在のところこの食い違いは説明されておらず、未解決のまま残されている。DS86は、測定結果についての反復分析結果の再現性も良好であり、コバルト60に関するデータと比べて信頼性が高いと考えられ、一・一八キロメートル地点における4倍の違いは解決しない、この問題は未解決のまま残されているとしている。また、岩石中のユーロピウム152の測定データについても検討された。その結果では、DS86と比較すると全体的には合っているが、数値は誤差がひどく大きく一キロメートルの地上距離における計算結果の妥当性を確認するには不確かさが大きく、測定機関の間でも開差が認められるとしている。






放射性降下物は、爆心地から約三キロメートルの距離で、広島では西の己斐・高須地区で、長崎では東の西山地区で発生した。両地区では、投下後数週間から数か月の期間にわたって数回の測定が行われた。放射性降下物の中には多種類の放射性物質が含まれており、放射能は時間と共に急速に減衰する。DS86は、爆発一時間後から無限時間までの地上一メートルの位置でのγ線の空気中の積算線量は、長崎の西山地区の最も汚染の著しい数ヘクタール地域で20ないし40ラドと推定し、空気中の線量が最大値の5分の1にまで減少する範囲は約1000ヘクタールであると推定しており、また、西山地区住民は約600名で、爆発直後の行動の実態調査結果を基にして、汚染地区に居続けた人の空気中最大照射線量は右積算線量の約3分の2と推定している。そして、放射能による人体影響を検討するために、これらの積算線量を人体組織の吸収線量に換算すると、放射性降下物による人体組織の無限時間までの積算線量は最大で21ないし24ラドとなると推定している。また、放射性降下物の放射性核種の吸入及び摂取については、西山地区の住民についてセシウム137の体内実測値の測定が行われたが、昭和40年から40年間の被爆線量は男性で10ミリレム、女性で8ミリレムと推定された。



中性子の照射によって爆心地付近の土壌その他の物質中に生じた誘導放射能のうち、早期入市者との関連で重要な放射性核種はマンガン56ほか数種類である。広島、長崎の爆心地付近においては、爆発後数週間ないし数か月の期間に、誘導放射能による地上でのγ線の線量率の測定がそれぞれ数回行われており、また、中性子フルエンスと土壌分析結果から重要核種の照射線量の計算が行われた、。その結果、爆心地での誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被爆は、広島については約80ラド、長崎については約30ないし40ラドと推定された。これらの被爆は時間や距離とともに減少し、累積的被爆は一日後には約3分の1、一週間後には数パーセントと考えられている。そして、放射能による人体影響を検討するために、これらの積算線量を人体組織の吸収線量に換算すると、誘導放射能による人体組織の無限時間までの積算線量は、長崎では最大で約18ないし24ラドとなると推定している。
DS86は、以上の検討結果を総合的に評価し、右に記述されている被爆は長崎の西山地区にあっては数字的に有意であるが、他の被爆者群における残留放射線への個人被爆は爆弾投下時における直接放射線に比べて有意でないとして、線量評価に加えていない。



日本家屋による遮蔽を計算するために、典型的な日本家屋の集まりのコンピューターモデルとして六家屋クラスターモデルが作成され、連結モンテカルロ法により自由空間の放射線場と結合させることによって、被爆者が被爆時にいた位置における中性子及びγ線のエネルギーと角度別フルエンスが計算された。その結果、一・五キロメートルの地点での透過率は、即発γ線で0.53、遅発γ線で0.46となった。また、戸外にいて家屋又は地形により遮蔽されていた被爆者については、家屋クラスターの戸外26個所と丘によって遮蔽された10個所を選び、4つの距離と8つの方向と二つの都市に対して上記方法を修正して連結計算が行われた。これらのデータは、主として原爆傷害調査委員会(ABCC)が1950年代の前半から60年代の初めにかけて行った広島・長崎の被爆者三万人弱の面接調査によっている。放射線影響研究所(RERF)は、被爆者とのインタビューで作った書面による記録を保存しており、その記録には、大部分が近距離で被爆した人、一部は遠距離で被爆した人よりなる広島・長崎の寿命調査対象被爆者について、原爆投下時における原爆被爆者の位置、方向、遮蔽等の包括的記述が含まれている。具体的には、被爆者について入手可能なコンピューターデータは、都市や地上距離に基づいて、無遮蔽場の放射線環境を決定するために処理、使用された。次いで、被爆者の9パラメータまたはグローブデータが処理され、遮蔽影響を計算するために、遮蔽モデルにより使用された。最後に、身体遮蔽計算が各選択臓器についてなされたが、被爆者のサイズ、性別、方向及び姿勢に基づいていて、家屋遮蔽放射線を身体中の臓器位置でのカーマとフルエンスに換算されているとされている。
なお、9パラメータ法は、原爆被爆者が日本家屋の中又はそばで被爆した場合にその状況を九つのパラメータにより記号化し、その関数として遮蔽効果を計算したものであり、グローブ技法は戸外にいて家屋又は地形により遮蔽されていた被爆者に対し、その地点に入射する全球面を角度別に細分化して各部の遮蔽割合を記号化し、中性子とγ線の角度分布と組み合わせて遮蔽を計算したものであり、DS86は、この二種類の記号化された遮蔽データが利用できるようにモデルを組み立てたものとされている。



放射線を受ける個別の臓器は、その位置、性質によって放射線の透過率、吸収率が異なる。DS86では、赤色骨髄、膀胱、骨、脳、乳房、目、胎児/子宮、大腸、肝、肺、卵巣、膵、胃、睾丸及び甲状腺の15の臓器について線量推定がされた。このため、昭和20年当時の典型的日本人の解剖学的データが集められ、これに適合するファントム(人体模型)が作成された。これは、性別のほか、年齢別に三種類、被爆時の姿勢として立位、座位、臥位の三種類が開発され、線量計算に用いられた。



DS86による線量推定についての誤差、不確定性及び及び感度については、現在までに出力、線源出力及び空中輸送の不確定性のみが。推定されており、今後、誤差、不確定性及び感度について討議することが検討されている。現在のところ、不確定性の推定としては、それぞれの項目別に推定がされており、その総合として空気中カーマに対して広島で16パーセント、長崎で22パーセントとなり、臓器カーマに対しては25ないし35パーセントとなっている。



DS86によれば、長崎におけるγ線と中性子線の線量を合計した放射線線量は、爆心地から一・二五キロメートルの地点で259.94ラド、一・五キロメートルの地点で89.9311ラド、一・六五キロメートルの地点で49,256ラド、二・一キロメートルの地点で8.779ラド、二・二キロメートルの地点で6.06ラド、二・三キロメートルの地点で4.236ラド、二・四キロメートルの地点で2.963ラド、二・五キロメートルの地点で2.092ラドとされる。広島におけるγ線と中性子線の線量を合計した放射線線量は、爆心地から一・一キロメートルの地点で266.5ラド、一・三五キロメートルの地点で92ラド、一・五キロメートルの地点で49.538ラド、一・九五キロメートルの地点で8.573ラド、二・一キロメートルの地点で4.921ラド、二・二キロメートルの地点で3.422ラド、二・三キロメートルの地点で2.376ラド、二・四キロメートルの地点で1.673ラド、二・五キロメートルの地点で1.182ラドとされる。



前示認定事実によれば、被控訴人の被爆距離は約二・四五キロメートルであって、その初期放射線の空気中線量は、DS86によると約3ないし2.1ラドであり、残留放射線による被爆線量は評価するに足りない程の線量というのであり、不確定性の推定は空気中線量で13パーセント、臓器線量で25ないし35パーセントであり、他方、閾値は、脳の神経細胞の損傷1000ラド、白血球減少50ラド、吐気100ラド、脱毛300ないし500ラド、また、リンパ球の障害による免疫能の低下については、免疫能を持つ細胞を90パーセント殺す線量は約350ラド、平均致死線量は80ないし100ラド、影響が検出されないという意味での閾値は10ラドより少し上程度とされているのであるから、DS86と閾値理論を本件に機械的に適用する限り、被控訴人の現症状は放射線の影響によるものではないということになる。






前示事実によれば、原子爆弾の構造、能力は基本的に明らかになったとされており、これに基づく理論的計算もされているのみならず、爆弾の出力も三度にわたる長崎型原爆の実験データと長崎・広島での現地のデータに基づいて推定されており、ソースターム、放射線の空中輸送についても理論計算を実験値のみならず、広島・長崎に残されたγ線・中性子線の痕跡からの測定値によって検証されており、特に放射線の大部分を占めるγ線については、ほぼ測定値によって検証されていることが認められ、また、証拠(乙三一、三二、三九、原審証人藤田正一郎、当審証人小佐古敏荘)によれば、日米合同の上級委員会は、1986年(昭和61年)3月にDS86を承認するに際し共同ステートメントを発表し、その声明の中で、「我々は現在の科学水準からみて、この計算方式が最良のものと信じており、今後における研究の進展によって修正が必要かもしれないが、大きな変更はないものと考えている。」と述べていること、これを受けて原爆放射線の影響研究に携わる科学者はもとより、世界中の放射線防護学の研究者の間で放射線影響研究の基礎として採用されてきたこと、さらに、国際放射線防護委員会(ICRP)、国連原子放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)等の国際機関による放射線のリスク評価の際の被爆線量算定の基礎となってきたことが認められる。これらの事実によれば、DS86が体系的線量評価システムとして優良性を備えているものとして取り扱われてきたことが認められる。したがって、DS86は、原子物理学、放射線学、放射線防護学等の研究者が純粋の学問的見地から放射線影響研究の基礎としたり、原子力産業や原子力政策の立案等の基礎資料とする等、被爆者を大量的、概括的に被爆者群として把握して問題を検討する場合には有力な専門的知見、経験則としてこれを用いることにはさして問題はないと考えられているように受け止められる。
しかし、本件では、被爆の状況を前示認定以上には、客観的証拠によって必ずしもに明らかにすることができない具体的、個別的な被爆者に対する放射線の影響を検討する場合に、DS86を絶対的な尺度として用いることが許されるかということが問われているというべきであるから、この観点から更に検討する。






前示のとおり、広島、長崎の両市で収集されたコンクリート建物の鉄材の中に含まれるコバルト60を分析し中性子の線量を測定した結果、DS86による計算値は遠距離になるに従って測定値を下回り、一・一八キロメートル地点では4分の1になるという系統的食い違いが生じ、この不一致の原因は説明されておらず、未解決のまま残されているとされているのであり、また、岩石中のユーロピウム152を測定した結果によっても、計算値は誤差がひどく大きく一キロメートルの地上距離における計算結果の妥当性を確認するには不確かさが大きく、測定機関の間でも開差が認められるとされている。
イ 澤田昭二名古屋大学名誉教授は、「DS86体系適用についての意見書」という論文(甲二一五)の中で、DS86による原爆線量評価の問題点として次の諸点を指摘している。



澤田名誉教授は、長友恒人奈良教育大学教育学部助教授、星正治広島大学原爆放射能医学研究所助手らの論文(1995年)の要旨を紹介し、「長友らが広島の爆心から二・〇五キロメートルの距離から収集した瓦5枚のγ線線量を熱ルミネセンス法によって測定したところ、測定値の平均が129±23ミリグレイであり、DS86の推定に比較して2.2倍大きかった。γ線の線量実測値は、爆心から近い距離においてはDS86の推定値とほぼ同じかむしろ小さめであるのに対し、遠い距離においては逆転してDS86の推定値から次第に大きい方にずれ始める。遠距離のγ線は直接原爆から放出されたものよりも、主として中性子が空気中の原子核と衝突して生成されたものであることから、原爆から放出された中性子のエネルギー・スペクトルについてのDS86の推定が誤っている(遠距離に到達できる成分が過小評価されている)ことに起因すると考えられる。」と述べている。



澤田名誉教授は、コバルト60、ユーロピウム152、塩素36の実測値とDS86の計算値を比較すると、爆心から○・九キロメートルまではDS86による推定線量が大きいが、これを超えると実測値が計算値を超え、その差は距離が大きくなるほど大きくなるとした上、「もし、実測値にフイットさせた破線の曲線を更に延長させると、爆心から一・五キロメートル地点での中性子線量はDS86の推定線量の約10倍になり、二キロメートル地点では約100倍に、二・五キロメートル地点ではDS86の推定線量の1000倍以上にしなければならない。したがつて、遠距離になればなるほど、DS86の推定線量の適用は桁違いの誤差を生む可能性が強くなり、慎重さが要求される。」と述べている。
ウ もっとも、澤田昭二意見書に関連して、証拠(乙三二、当審証人小佐古敏荘の証言)によれば、熱ルミネセンス法による測定値には多くの誤差が含まれる可能性があり、特に自然界には一定量の放射線量(バックグランド)が存在するから、低線量のγ線を熱ルミネセンス法によって測定することは決して容易ではないこと、このためDS86においては、熱ルミネセンス法による測定結果の信頼性確保のため前示六つの研究機関が競合して測定を行っていること、DS86自体においてγ線線量の計算値と実測値との間に一定の誤差があることが認識され、それも評価された上、一定の課題を残しながらも、これらの誤差がDS86が目的とした人体への放射線の悪影響を計る上での障害とならないとされたものであることが認められること、証拠(乙五二)によれば、丸山隆司放射線医学総合研究所物理研究部物理第三研究室室長らが平成1年12月に長崎市旭町所在の山田石油倉庫(爆心からの距離二・〇四三キロメートル)から採取した資料について行ったγ線の測定結果によると、熱ルミネセンス推定線量は自然放射線量の2分の1以下となっており、DS86の計算値を挟んで、最小の推定値と最大の推定値の間には2ないし3倍の開きがあることがあったことが認められ、これらの事実に照らすと、澤田意見書のように数ある測定データの一つに過ぎない長友らの測定値を絶対的な尺度としてDS86の線量評価の価値を問題にするのは相当ではないとの見方も有力な見解であるいうべきである。
また、澤田昭二意見書に関連して、証拠(乙三二)によれば、DS86作成当時から、低線量中性子の計算値とコバルトやユーロピウムの中性子フルエンスの測定値との間には、特に爆心から一キロメートルを超えた場合に系統的で、かつ、有意な差があることが指摘され、この差が何に基づくものなのか未解明のままになっていたこと、DS86はこのことを折り込んだ上で、爆心から一キロメートル以遠では熱中性子の中性子線カーマへの寄与は数パーセント程度に過ぎないし、原爆放射線カーマヘの中性子線の寄与はγ線に比して極めて小さいから、DS86の誤差評価では熱中性子の測定結果と計算値の差異の原因が解明されないからといって、その線量評価の有効性が損なわれることはないとされたことが認められること、DS86の作成に関与した当審証人小佐古敏荘は「我々の見積もっている範囲では中性子の評価値が最大動いたとしても、10倍以上になることはないと見込んでおりまして、実用的視点という観点からいきますと、これは十分我々の初期の目的としたところには入っていると私は考えます。ただし物理的に厳密なものという視点からいきますと、これは議論することも可能であるし、議論は残るだろうというふうに思います。」と述べていることに照らすと、DS86の中性子線量推定と実測値の不一致の問題を澤田意見書のように過大に評価するのは相当でないとの見解にも傾聴すべきものがあるというべきである。
エ 上野陽里京都大学名誉教授は、「DS86体系についての意見書」という論文(1996年10月、甲一二四)の中で、「DS86を使用した最近の論文でも、今後DS86が変更になればその研究結果は異なったものになるとわざわざ注釈をつけているものもあり、放射線科学の研究者は今後起こるであろうDS86の変更を予測しなければ論文自体の評価が下がる状態になっている。現在、DS86に信頼をおくことは正当性を欠き、DS86体系を何かの判断根拠とすることは誤りである。これが最近のDS86を取り巻く情勢である。」と述べ、更に「現在放射線科学の研究者が一般的に了承している認識は、被爆放射線の二つの要素の中で、中性子に関しては、爆心からほぼ一キロメートルまでは、DS86の示す被爆線量は実際の被爆線量よりもほぼ一・五倍大きく、一キロメートル以遠では、両者は逆転し、一・五キロメートル付近ではDS86の示す被爆線量は実際の被爆線量のほぼ5パーセント弱しか示していないという結果である。また、もう一つの要素であるγ線については、高エネルギーのγ線がDS86体系の中では過小評価されていて、結果として遠距離のγ線量が実際より少ないのではないかという問題がある。」と述べている。
オ 証拠(甲一六、原審証人肥田舜太郎)によれば、広島大学原爆放射能医学研究所の早川武彦教授、松浦正明助手らは、広島県内の被爆関係者の中から昭和43年から昭和57年までの15年間に広島県に居住したことのある人について、原爆投下直後から二週間の行動と死亡原因を調査し、その調査分析の結果を平成4年7月13日京都市で開催された「低線量放射線被爆と生体防御機構に関する国際会議」において報告したこと、その報告によると広島市に原爆が投下された昭和20年8月6日に救助等で二キロメートル圏内に入市した人は7033人おり、この中で2140人が昭和43年から15年間に死亡し、そのうち23パーセントにあたる498人が悪性腫瘍で死亡しており、昭和20年8月10日以降に二キロメートル圏内に入市した人の悪性腫瘍により死亡した人に比較し20パーセント死亡率が高く、統計的にみて有意の差があるとされており、同教授は「悪性腫瘍による死亡は、栄養状態等の生活環境の違いも推測できるが、原爆による放射線が影響していると考えなければ説明できない。」と述べ、残留放射線、低線量放射線被爆が被爆者に深刻な影響を与えていることを示唆していることが認められる。
カ 澤田昭二名古屋大学名誉教授は、「原爆の誘導放射能の地形による非等方性の可能性」という論文(甲一一九)の中で、「爆風の地形によって生じる非等方性は、爆風で運ばれる放射能を帯びた空気や塵等誘導放射性物質の分布の非等方性を作り出す。したがって、特に、地形の影響が大きかった長崎の場合はこのことを考慮して、大気中の誘導放射能の影響は、むしろ被爆者の間にどのような急性症状が生じたかを丹念に調査することによって推測されることになる。誘導放射能の影響は、右の他、放射能を帯びた空気や埃を吸ったかどうか、飲食物をとったかどうかなども影響する。こうした大気中の誘導放射能による影響では内部被爆が重要になると考えられる。そこで、被爆直後の空気中あるいは地表や建物の表面に生成され、浮遊した半減期の短い放射性核種も含めて考察する必要がある。これらの効果が、閾値以下の一次放射線が到達した地域における放射線症の発生を説明する可能性の一つである。」旨述べている。
キ また、ジェイ・M・グールド及びベンジャミン・A・ゴルドマンは、共著「死に至る虚構・国家による低線量放射線の隠蔽」(甲七三)の中で「チェルノブイリ惨事の統計的観察によって、データからいえば、低線量持続的内部被爆は影響が小さくなるわけではなく、むしろ、高線量瞬間被爆と比べて線量がゼロに近づく境界付近でかえって影響が強い。」「ペトカウ博士は、低線量放射線が高度に毒性化した遊離基(フリーラジカル)と呼ばれる酸素分子を生成し、それが高線量率の時よりも、低線量率の場合に一層、効果的な細胞膜破壊をもたらすことを実験してみせた。それより2、3年前、T・ストック博士と共同研究者達は、超低線量のストロンチウム90は高線量の時よりも、ラットの骨髄をより効果的に障害することを観察した。ペトカウの理論は、高線量X線への瞬間被爆や原爆のγ線への瞬間被爆と比べ、フォールアウトの低線量放射線に長時間被爆した時に極めて重篤な免疫機構の障害が生じることを説明している。」「ストロンチウム90は化学的にはカルシウムに似ているため、成長する乳幼児、小児、思春期の男女の骨髄の中に濃縮される。一度、骨中に入ると、免疫担当細胞がつくられる骨髄に対し、低線量で何年にもわたって放射線を照射し続ける。ストック博士と彼の協力者は、1968年、オスロー癌病院で、たった10ないし20ミリラドの小線量のX線が、恐らくフリーラジカル酸素の生成を通じて骨髄増結細胞にはっきりした障害を作り出すことを初めて発見した。」と述べている。



前示認定事実及び証拠(甲一二四、一二八)によれば、次の事実が認められる。線量評価システムは、T57Dに始まり、T65D、DS86と、それぞれの時代において最良の線量評価システムと評価されて実用に供されてきたが、それぞれその後の研究の進展により種々の問題が指摘されるようになり、見直しが行われてきた。殊に、DS86は、最良の原爆放射線量評価システムとして、原爆放射線の影響研究に携わる科学者はもとより世界中の放射線防護学者の間で放射線影響研究の基礎として採用され、国際機関による放射線のリスク評価の際の被爆線量算定の基礎となってきた。しかし、DS86にも、それ自体が指摘しているように、広島、長崎の両市で収集されたコンクリート建物の鉄材の中に含まれるコバルト60の分析による中性子線量の測定値と比較すると、DS86の計算値は遠距離になるに従って測定値を下回り、一・一八キロメートル地点では4分の1になるという系統的食い違いが生じ、この不一致の原因は説明されておらず、未解決のまま残されているとされ、また、岩石中のユーロピウム152の測定値と比較すると、DS86の計算値は誤差がひどく大きく一キロメートルの地上距離における計算結果の妥当性を確認するには不確かさが大きく、測定機関の間でも開差が認められるという問題点が含まれていたのである。その後、主に日本側研究者の努力により、DS86は主として中性子線量に関して幾つかの問題点を抱えていることが頻りに指摘されるようになり、その結果その見直し作業の必要性が叫ばれるようになった。このような問題状況は、先に見たように、本件訴訟においても研究者によって異なった見解が述べられるという形で反映されている。こうした状況を受けて、DS86体系作成に主導的であったアメリカ側の研究者の発議による日米委員会「原爆線量再評価のためのワークショップ」が1996年(平成8年)5月22日、23日カリフォルニア州で開かれ、次いで同年7月26日、27日に広島の放射線影響研究所で開催された。この会議の日米の主な参加者は、葉佐井博巳博士(広島電気大学)、星正治博士(広島大学原医研教授兼京都大学放生研教授)、静間清博士(広島大学工学部)、柴田徳恩博士(東京大学核研)、T・ストローム博士(ローレンス・リバモア研究所)であり、イギリス・ドイツからも参加者があった。同委員会は、1998年(平成10年)を目途に、被爆計算式の修正を検討することになると伝えられている。
4 これまでに検討してきたところによれば、各線量評価システムは、それぞれその時代における最良のものとされつつも、常に問題点を内包しており、その後の研究の進展により見直しが行われてきた歴史を有しており、これは人類が初めて体験した原子爆弾の線量を事後的に推定しようとする困難な作業でありかつ性質上追試実験を許されない事柄に属する故の宿命であると考えられるのである。そして、DS86自体にもいくつかの問題点が内包されていて、その評価をめぐって研究者間に論争があり、被爆計算式の修正が検討されている状況である上、殊に、広島、長崎の両市で収集されたコンクリート建物の鉄材の中に含まれるコバルト60の分析による中性子線量の測定値と比較すると、DS86の計算値は遠距離になるに従って測定値を下回り、一・一八キロメートル地点では4分の1になるという系統的食い違いが生じ、この不一致の原因は説明されておらず、未解決のまま残されているとされ、また、岩石中のユーロピウム152の測定値と比較すると、DS86の計算値は誤差がひどく大きく一キロメートルの地上距離における計算結果の妥当性を確認するには不確かさが大きく、測定機関の間でも開差が認められるとされているのであって、正に二・四五キロメートルの遠距離被爆による人体影響の有無を問題とする本件のような場合において、DS86が内包するこのような問題点は、被爆者群を離れて具体的、個別的被爆者の呈する個々の傷害又は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたって、その絶対的尺度としてDS86自体をそのまま適用することを躊躇させる要因となるというべきである。また、DS86が原爆投下時の瞬間放射線、初期放射線による直接の被爆を重視してその計算対象としており、放射性降下物、誘導放射能による被爆、これら残留放射能の放射性物質が体内に摂取されることによる体内被爆については、長崎の西山地区にあつては数字的に有意であるが、他の被爆者群における個人被爆を問題にする場合には有意ではないとして線量評価に加えていない点も、これらの被爆により人体に無視することのできない健康被害をもたらすことが指摘されている今日、具体的、個別的被爆の呈する個々の傷害又は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたって、その絶対的尺度としてDS86自体をそのまま適用することを躊躇させる要因となるというべきである。


日米合同調査団による調査

昭和20年9月から12月にかけて行われた日米合同調査団による長崎における調査の結果(甲六)によれば、脱毛は爆心地から一・五キロメートルの地点で約18パーセント、二・○キロメートルの地点で約10パーセント、皮膚出血斑は二・○キロメートルの地点で約7.5パーセント、二・五キロメートルの地点で約2.5パーセント、口腔咽頭病巣は二・○キロメートルの地点で約17パーセント、二・五キロメートルの地点で約14パーセントの者にそれぞれ生じたとされている。また、広島における調査の結果によれば、脱毛は爆心地から一・五キロメートルの地点で約19パーセント、二・○キロメートルの地点で約7.5パーセント、皮膚出血斑は二・○キロメートルの地点で約4パーセント、二・五キロメートルの地点で約2パーセント、口腔咽頭病巣は二・○キロメートルの地点で約16パーセント、二・五キロメートルの地点で約16パーセントの者にそれぞれ生じたとされている。なお、嘔吐は広島及び長崎を合わせると、一・五キロメートルの地点で約18パーセント、二・○キロメートルの地点で約9パーセント、二・五キロメートルの地点で約7パーセントの者にそれぞれ生じたとされている。これらの症状は、いずれも爆心地からの距離が遠くなるに従って減少している。

東京帝国大学による調査

昭和20年10月から11月にかけて行われた東京帝国大学の広島における被爆者の調査の結果(甲六)によれば、脱毛は爆心地から一・六キローメートルから二・○キロメートルの地点で9.0パーセント、二・一キロメートルから二・五キロメートルの地点で6.4パーセント、皮膚出血斑は二・一キロメートルから二・五キロメートルの地点で2.2パーセント、悪心嘔吐は一・六キロメートルから二・○キロメートルの地点で4.2パーセント、二・一キロメートルから二・五キロメートルの地点で2.6パーセントの者にそれぞれ生じたとされている。なお、この調査においても、各症状は爆心地からの距離が遠くなるに従って減少している。

厚生省による調査

昭和60年に厚生省が行った原子爆弾被爆者実態調査報告(甲二八)に、よれば、長崎において爆心地から二ないし三キロメートルの地点で被爆した死亡者のうち急性障害によるものが3.2パーセント、広島においては5.4パーセントであったとされている。また、昭和40年に厚生省が行った原子爆弾被爆者実態調査及び生活調査報告(甲六五)によれば、被爆地点が二キロメートルを超える場合も相当多数の者に脱毛等の急性症状があり、四キロメートルを超える場合も、早期入市者で11パーセント、それ以外の者で3.1パーセントの者に脱毛が生じたとされている。

日本原水爆被害者団体協議会による調査

昭和60年に日本原水爆被害者団体協議会が行った原爆被害者調査報告(甲二六、二七)によれば、長崎において、爆心地から二キロメートルを超え三キロメートル以内の地点で被爆した者のうち51.1パーセント、三キロメートルを超えた地点で被爆した者のうち37.1パーセントの者に急性症状が生じたとされている。
2 右に見たとおり、被爆者の急性症状に関する各種調査によれば、前示DS八六及び閾値理論をそのまま適用すれば、発症しないはずであるにかかわらず、二キロメートルを超える被爆者にも脱毛等の急性症状が生じたとされており、かつ、その割合は爆心からの距離と相関関係にあることが明らかになったとされている。
控訴人は、二キロメートルを超える被爆者にも急性症状が生じたとされている各種調査結果について、疫学的観点からみた場合、調査対象の偏りや急性症状が発症したとされる交絡因子に関する分析が不十分なため、これらの数値によって爆心から二キロメートルを超える場合でも、放射線による急性症状が発症していると結論付けることは医学的、科学的な見地からは適切ではないのであって、二キロメートル以遠で発症した脱毛等の急性症状は、栄養障害、肉体的衰弱、精神的ストレス、熱線による影響が主たる原因であると主張し、原審証人藤田正一郎、同古賀祐彦も右主張に沿う証言をしている。確かに、被爆者の急性症状に関する各種調査は、厳密な意味での疫学の観点からは調査方法にある程度の偏りがあることを否定し得ないが、被爆者の急性症状は原子爆弾投下直後及びこれに引き続く敗戦の混乱の中で生じたものであって、科学的な把握になじみ難いものであり、この調査対象の把握の困難さは時間の経過によっても変わることのない性質のものであるから、そこに控訴人が主張するような厳密さを要請するのは相当ではなく、これを概括的にとらえるとき、二キロメートル以遠でも脱毛等の急性症状が生じている事実を全て否定し去ることはできない。そうすると、DS86自体に内包する前示の問題点は、ここでもこれらの・急性症状をもって、あげて放射線以外の他の要因に起因するものと推認することを躊躇させるとともに、放射線による各症状の閾値については、広島及び長崎における被爆者のデータを基礎資料とするものもあるが、脱毛等の急性症状に関しては、被爆者のデータは基礎資料とされていないことをも想起させるのであって、個別的、具体的被爆者の呈する個々の傷害又は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたって、その絶対的尺度としてDS86自体をそのまま適用することを躊躇させる要因となるというべきである。



原子爆弾後障害症に関する治療に関する行政通知

1 証拠(甲二一によれば、厚生省公衆衛生局長は、昭和33年(1958年)8月13日、原子爆弾後障害症に関する治療上の一般的注意事項として、「原子爆弾後障害症治療指針」と題する行政通知を発し、次のとおり述べていることが認められる。
「原子爆弾被爆者に関しては、いかなる疾患又は症侯についても一応被爆との関係を考え、その経過及び予防について特別の考慮が払われなければならないが、原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上、被爆者の受けた放射線特にγ線及び中性子線の量によってその影響の異なることは当然想像されるが、被爆者の受けた放射線の量を正確に算出することはもとより困難である。この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり、また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが、治療を行うにあたっては、特に次の諸点について考慮する必要がある。
この場合、被爆地が爆心地からおおむね二キロメートル以内の時は高度の、二キロメートルから四キロメートルまでの時は中程度の、四キロメートルを超えたときは軽度の放射線を受けたと考えて差し支えない。
被爆後における脱毛、発熱、粘膜出血、その他の症状を把握することにより、その当時どの程度放射能の影響を受けていたか判断することのできる場合がある。」

2 また、証拠(甲二二)によれば、厚生省公衆衛生局長は、同日、被爆者の健康診断を行うにあたって特に考慮すべき点につき、「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」と題する行政通知を発し、次のとおり述べていることが認められる。
「原子爆弾の放射能に基づく疾病である限り、被爆者の個々の発症素因、生活条件等は別として、被爆者の受けた放射線の量が問題となることはいうまでもない。しかし、現在において被爆当時に受けた放射線の量を把握することはもとより困難であるが、おおむね次の事項は当時受けた放射線の量の多寡を推定するうえにきわめて参考となり得る。
被爆した場所の爆心地からの距離が二キロメートル以内の時は高度の、二キロメートルから四キロメートルまでの時は中等度の、四キロメートルを超えるときは軽度の放射線を受けたと考えて差し支えない。
原子爆弾後障害症に関し、問題となる放射能は、主としてγ線及び中性子線であるので、被爆当時における遮蔽物の関係はかなり重大な問題である。このうち特に問題となるのは、解放被爆と遮蔽被爆の別、後者の場合には遮蔽物等の構造並びに遮蔽状況等に関し、十分詳細に調査する必要がある。
原子爆弾後障害に影響したと思われる放射能の作用は、主として体外照射であるが、これ以外に、塵埃、食品、飲料水等を通じて放射能が体内に入った場合のいわゆる体内照射が問題となり得る。したがって、直ちに他に移動したか等被爆後の行動及びその期間が照射量を推定するうえに参考となる場合が多い。
前述の被爆者の受けたと思われる放射能の量に加えて、被爆後数日ないし数週に現れた被爆者の健康状態の異常が、被爆者の身体に対する放射能の影響の程度を想像させる場合が多い。すなわち、この期間における健康状態の異常のうちで脱毛、発熱、口内出血、下痢等の諸症状は原子爆弾による傷害の急性症状を意味する場合が多く、特にこのような症状の頭著であった例においては、当時受けた放射能の量が比較的多く、したがって、原子爆弾後障害症が割合容易に発現しうると考えることができる。」

3 右行政通知は、直接的には旧原爆医療法に基づく原子爆弾後障害症の治療にあたって考慮すべき事項あるいは原爆被爆者の健康診断の実施にあたって考慮すべき事項を述べたものであって、旧原爆医療法8条1項に基づく認定にあたって考慮すべき事項を述べたものではない上、未だT65D、DS86も公表されておらず、閾値理論も未発達の時期のものではあるが、DS86が公表され、閾値理論が提唱されている現時点においても、具体的、個別的被爆者の呈する個々の傷害又は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたって、その絶対的尺度としてDS86自体をそのまま適用することを躊躇させる要因が存在し、その結果個々の被爆者の受けた放射線量を的確に把握することが困難であることに変わりはないのである。
そうすると、原子爆弾被爆者に関しては、いかなる疾患又は症侯についても一応被爆との関係を考え、被爆時の諸状況、特に、被爆距離、被爆場所の状況、被爆後の行動等あるいは被爆直後の急性症状の有無等の健康状態等から、個々の被爆者の被爆線量及びこれによる原子爆弾後障害症の発現の有無等を推定、する等して、放射線の影響の有無を総合的に判断する必要があるとしている点は、現時点においても、旧原爆医療法8条1項に基づく認定に際し、具体的、個別的被爆者の呈する個々の傷害又は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたっての正鵠を得た判断基準として十分に参酌されなければならないと認められる。



1 前示認定事実に証拠(甲一一の1ないし5、原審・当審証人山下兼彦)を総合すれば、被控訴人は、原子爆弾の爆風により飛来した屋根瓦によって左頭頂部を直撃され、左頭頂部頭蓋骨陥没骨折、一部欠損の重篤な外傷を負ったこと、これが直接の原因となって脳挫傷を生じ、その周辺脳組織を圧迫し、頭蓋骨内に出血が発生して脳浮腫の状態となったこと、また、外傷による炎症により脳内にも出血を生じたこと、これらの結果脳実質が損傷を受け、脳実質の壊死あるいは萎縮による脳孔症となったこと、被控訴人の脳孔症は脳実質に広範な欠損があり、側脳室が拡大し、脳実質欠損部と側脳室が交通しており広範損傷の一種であること、脳実質の欠損部分は身体の右半身の運動及び知覚を支配する神経領域にあるため被控訴人の現在の症状である右片麻痺あるいは前示一2の各症状を呈するに至ったこと、被控訴人は被爆後下痢、脱毛の急性症状があったこと、被控訴人の頭部外傷が一応の治癒を見たのは被爆後二年半ほど経ってからであったこと、その間傷口の一部がふさがりかけると別の部分から膿等が出始めるという状況の繰り返しであったこと、治療期間中に被控訴人の頭部の傷口から屋根瓦の破片が摘出されていること等の事実が認められる。
2 証拠(乙四〇)によれば、頭部外傷の受傷機転は、一般に、1、鈍力による損傷、2、早い速度で飛んできた小物体による損傷の二種類に類別され、1は転倒あるいは自動車事故等により頭部を路面等に強打したような場合に生じる損傷であり、この場合の衝撃外力は広範に頭部全体に及び、頭皮には挫傷が起こり、頭蓋骨には線状骨折が起こるのが通例であり、広汎に及ぶ脳の損傷を伴うのに対し、2は銃弾やゴルフボール等が頭部を直撃したような場合に生じる損傷であって、頭皮には裂傷が起こり、頭蓋骨には陥没骨折が起こるのが通例であり、脳実質への影響は受傷した局所では高度であるが、局限性で脳全体に与える影響は少ないことが認められる。前示被控訴人の受傷状況及び頭蓋骨陥没骨折の状況に照らすと、被控訴人の頭部外傷の受傷機転は2の場合に該当すると認められるのであるから、脳実質への影響は受傷した局所では高度であっても局限性で脳全体に与える影響は少ないのが通常であるのに、被控訴人の場合は脳実質に広汎な欠損があり、側脳室が拡大し、脳実質欠損部と側脳室が交通しており、広汎損傷の一種と認められる。そうすると、被控訴人の頭部外傷がこのように広汎な脳孔症をもたらしたのには、頭部外傷の合併症というだけでは説明できない希な状態であるということができ、屋根瓦による打撃以外の要因も加味していることを強く推認させるというべきである。被控訴人は、被爆当時3歳で爆心から二・四五キロメートルの被爆であったが、幼若なほど放射線感受性は高い上、被控訴人は原子爆弾が投下された時から起算して8日後には、自宅から徒歩で爆心から約一・九キロメートルの稲佐橋を渡り、爆心から約一・七キロメートルの長崎駅に至り、同駅から列車で爆心地の直近を通過して疎開しているのであり、残留放射能による被爆、放射性物質の体内摂取による体内被爆による影響も無視し得ないものがあると窺え、脳細胞、神経細胞を外界から保護する頭皮、頭蓋骨、硬膜等が破壊され、脳実質も一部破損した状況での脳細胞、神経細胞へのこれら放射能による影響の有無を神経細胞への閾値で計り得るのかも疑問の残るところである。また、治療期間中に被控訴人の頭部の傷口から屋根瓦の破片が摘出されているのであり、その屋根瓦自体も放射能に汚染されていた可能性も否定できないのである。さらに、現実の原爆被爆者は、劣悪な生活環境と栄養状態にあったのであり、このような状況下での放射線被爆の影響は、近時の医療現場や原子力産業現場における被爆とはおのずから異なるものがあるとも推認される。また、被控訴人に現実に生じた下痢や脱毛の事実も放射線との関連性を推認させるものがある。
また、証拠(甲一三の1ないし5「昭和28年・日本学術会振興会編集発行・原子爆弾災害調査報告書」、乙一四の2、原審証人山下兼彦)によれば、原爆症死亡者の剖検例によると放射線の影響として脳膜あるいは脳実質内に浮腫あるいは出血、損傷が認められたとされ、また、急性期を経過して死亡した人の剖検例により脳の組織学的変化に着目すると脳幹の神経細胞に変成が認められたほか、脳全域あるいは脳皮質の細胞レベルの障害が指摘されていること、原子爆弾による外傷患者に特徴的な点は原爆症を併発するに至った患者の場合にはその時点で治癒が遷延すること、特に肉芽は回復能力が劣ることがあることが認められる。被控訴人の頭部外傷が一応の治癒を見たのは被爆後二年半ほど経ってからであり、その間傷口の一部がふさがりかけると別の部分から膿等が出始めるという状況の繰り返しであり、約二・九キロメートルの遠距離で被爆し原爆症の認定を受けた前示渡辺千恵子と類似の経過をたどっているのであり、このような症状の経過、治癒の遷延は医療物資の欠乏による治療の不十分、不適切さだけでは十分に説明できないものがあるといえる。
3 以上検討してきたところを総合すれば、被控訴人の脳孔症、右片麻痺等の現症状は、放射線の影響と関わりなく専ら屋根瓦の直撃という物理的要因により生じた事態であると解するのは相当ではなく、屋根瓦の直撃、放射線の直接的影響、放射線の影響による生体の防御機構としての免疫能の低下、それによる治癒能力の低下等の要因が複合的、相乗的に機能して生じた、少なくとも放射線の影響により治癒能力が低下したために治癒が遷延しその結果現在の状態に至ったものと相当程度の蓋然性をもって推認することができる、というべきであるから、旧原爆医療法7条1項前段・後段の一括適用によりあるいは同項後段の適用により起因性の要件を満たすことが認められる。また、被控訴人に関し、要医療性の要件も満たすと解すべきことも前示説示に照らし明らかである。




そうすると、被控訴人の疾病と原爆放射能の起因性を否定できるとした原子爆弾被爆者医療審議会の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤、欠落があるというほかはないところ、控訴人行政庁の本件却下処分がこれに依拠してなされたことは明らかであるから、控訴人の右判断は不合理な点があり、右判断に基づく本件却下処分には違法事由があるといわなければならないから、取り消しを免れず、したがって、これと同旨の原判決は相当であり、結局、本件控訴は理由がないというべきこととなる。
よって、控訴費用の負担につき、行訴法7条、民訴法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。




福岡高等裁判所第二民事部


裁判長裁判官 山口 忍


裁判官 宮良允通


裁判官 西 謙二

松谷訴訟(福岡高裁)判決骨子・要旨

平成5年(行コ)第17号 原爆被爆者医療給付認定申請却下処分取消請求控訴事件
(原審・長崎地方裁判所昭和63年(行ウ)第3号)

判 決



東京都千代田区霞ヶ関1-2-2
控訴人 厚生大臣 小 泉 純一郎

右指定代理人 田 川 直 之


長崎市深堀町1-293-11 県営住宅D10-101
被控訴人 松 谷 英 子

右訴訟代理人弁護士 横 山 茂 樹


主 文

本件控訴を棄却する


控訴費用は控訴人の負担とする


骨 子

1 原爆症の要件である起因性の証明は相当程度の蓋然性の程度で足りる。
2 遠距離被爆における具体的、個別的被爆者の呈する個々の障害叉は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたって、DS86自体を絶対的尺度としてそのまま適用することには躊躇させる要因がある。
3 行政通知は、具体的、個別的被爆者の呈する個々の障害叉は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたっての判断基準として十分に参酌されなければならない。
4 被控訴人は、旧原爆医療法7条1項前段・後段の一括適用によりあるいは同項後段の適用により原爆症と認められる。
5 被控訴人の疾病と原爆放射能の起因性を否定できるとした原子爆弾被爆者医療審議会の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤、欠落があり、これに依拠してなされた本件却下処分には取り消すべき違法事由がある。

要 旨

1 旧原爆医療法7条1項所定の原爆症の要件である起因性の立証責任は被爆者にあるが、原子爆弾による被害の甚大性、原爆後障害症の特殊性、旧原爆医療法の目的、性格等を考慮し、その証明の程度については、同法7条1項本文の放射能と現疾病との間の因果関係及び同項ただし書きの放射能と治癒能力との間の因果関係につき、それぞれ物理的、医学的観点から高度の蓋然性の程度までに証明されなくても、被爆者の被爆時の状況、その後の病歴、現症状等を参酌し、現象病が原子爆弾の障害作用に起因する旨の相当程度の蓋然性の証明があれば足りると解すべきである。
2 DS86自体にもいくつかの問題点が内包されていて、その評価をめぐって研究者間に論争があり、被爆計算式の修正が検討されている状況である上、殊に、DS86の放射線量の計算値は、広島、長崎の両市で収集されたコンクリート建物の鉄材の中に含まれるコバルト60の分析による中性子線量の測定値と比較すると遠距離になるに従って測定値を下回り、系統的食い違いがあり、この不一致の原因は説明されておらず未解決のまま残されていること、岩石中のユーロピウム152の測定値と比較すると誤差が大きく、計算結果の妥当性を確認するには不確かさが大きく測定機関の間でも開差が認められるとされていること、DS86が原爆投下時の瞬間放射線、初期放射線による直接の被爆を重視してその計算対象としており、放射線降下物、誘導放射能による被爆、これら残留放射能の放射性物質が体内に摂取されることによる体内被爆については、有意でないとして線量評価に加えていないこと等の問題点は、被爆者群を離れて遠距離被爆における具体的、個別的被爆者の呈する個々の傷害叉は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたって、その絶対的尺度としてDS86自体をそのまま適用することを躊躇させる要因となるべきである。
3 行政通知が、原子爆弾被爆者に関しては、いかなる疾患叉は症候についても一応被爆との関係を考え、被爆時の諸状況、特に、被爆距離、被爆場所の状況、被爆後の行動等あるいは被爆直後の急性症状の有無等の健康状態等から、個々の被爆者の被爆線量及びこれによる原子爆弾後障害症の発現の有無等を推定する等して、放射線の影響の有無を総合的に判断する必要があるとしている点は、現時点においても、具体的、個別的被爆者の呈する個々の傷害叉は疾病ないし治癒能力と放射線の影響の有無を検討するにあたっての判断基準として十分に参酌されなければならない。
4 被控訴人の現症状は、放射線の影響と関わりなく、専ら屋根瓦の直撃という物理的要因により生じた事態であると解するのは相当ではなく、屋根瓦の直撃、放射線の直接的影響、放射線の影響による生体の防護機構としての免疫能の低下、それによる治癒能力の低下等の要因が複合的、相乗的に機能して生じた。少なくても放射線の影響により治癒能力が低下しために治癒が遷延しその結果現在の状態に至ったものと相当程度の蓋然性をもって推認することができるというべきであるから、旧原爆医療法7条1項前段・後段の一括適用によりあるいは同項後段の適用により起因性の要件を満たすと認められる。
5 被控訴人の疾患と原爆放射線の起因性を否定できるとした原子爆弾被爆者医療審議会の調査審議及び判断の過程には看過し難い過誤、欠落があるというほかはないところ、控訴人行政庁の本件却下処分がこれに依拠してなされたことは明らかであるから、控訴人の右判断は不合理な点があり、右判断に基づく本件却下処分には違法事由があるといわなければならないから、取消を免れない